密かに惚れていたあのひと


旅の最中、立ち寄った宿で一晩過ごす事となった日の夜――ヴェルラウドはふと目が覚める。


眠ろうにも何故か寝付けず、夜風に当たろうと部屋の窓を開ける。涼しい風が吹き付け、虫の声が絶え間なく聞こえてくる。自然の音を聞き入っている中、そっと部屋のドアが開かれる。
「誰だ」
思わず声に出すヴェルラウド。入って来たのはスフレだった。
「何だ、お前か」
「ヴェルラウド、あんたも起きてたの?」
「ああ……何の用だ?」
「何の用っていうか……あんたはちゃんと眠れてるかって思っただけよ。悪かったわね、いきなり部屋に入ったりして」
スフレはうつむき加減で半ばぎこちなく答える。ヴェルラウドは全くしょうがねぇなと呟き、窓の向こうの夜景を眺める。スフレは今この場にいるのはヴェルラウド一人だけであり、二人きりの状況だと認識すると、胸がドキドキするのを感じる。
「ねえ、ヴェルラウド」
「ん?」
「えっと……隣に行っていい? あたしも夜風浴びたいから」
「……好きにしろ」
ぶっきらぼうな返答で許可するヴェルラウド。スフレはヴェルラウドの隣に行くと、共に風を浴びながら夜景を見る。スフレは思わずヴェルラウドの手に触れようとするが、何故か思い留まってしまう。
「あたし達、いつになったら平和に過ごせるのかな」
「さあな」
「もしこの戦いが終わったら、あんたはどうするつもり?」
スフレが問うと、ヴェルラウドは一瞬スフレに視線を移す。
「……サレスティルの騎士として女王を守る。それくらいしか考えてねぇな」
「そう……」
スフレは切なげな表情を浮かべつつ、ヴェルラウドの方に顔を向ける。
「何だ?」
ヴェルラウドと目線が合うと、スフレはヴェルラウドの手に触れ、顔を近づける。
「……ごめん。あたし、何だか怖いんだ。上手く言えないけど、平和になったらあんたとはずっと会えなくなるんじゃないかって……そんな事を考えたら、怖くなってきて……」
「何だと? 何を言ってるんだ?」
スフレはヴェルラウドの胸に身を寄せる。突然のスフレの行動にヴェルラウドは戸惑うばかり。
「ヴェルラウド……暫くこのままいさせて」
スフレはヴェルラウドに抱きつき、胸に顔を埋める。ヴェルラウドは訳が分からないまま、そっとスフレを引き離し、目線を合わせる。
「何を考えてるか知らんが、平和になったらお前とはずっと会えなくなるって何故そう思えるんだ?」
眼前でヴェルラウドが言うと、スフレは切ない表情で黙り込んでしまう。
「平和になってお互い離れる事になっても、お前から会いに来ればいいだけの話だろ。俺からはなかなか行けねえかもしれんが、お前から会いに行く事くらいはできるんじゃねえのか?」
ヴェルラウドの一言に、スフレの目が潤み始める。
「ヴェルラウド……」
「湿っぽい事を言うな。お前は俺の仲間だ。離れる事があっても、いつでも会いに来ればいい」
スフレは思わずヴェルラウドの胸ですすり泣く。やれやれと思いつつも、スフレを抱きしめるヴェルラウド。風が強く吹き付けてくる。スフレが泣き止むと、ヴェルラウドはスフレの涙を指で軽く拭う。
「ったく、お前らしくねぇな」
ヴェルラウドがそっとスフレの頭を撫でる。えへへと笑いつつも頬を赤らめたスフレは、ジッとヴェルラウドを見つめる。
「ねえヴェルラウド……目を瞑って」
「は?」
「お願い」
今度は何なんだと思いつつ、言う通りに目を閉じるヴェルラウド。次の瞬間、何かが鼻を覆う感触が広がり、甘さと柑橘が混じりあったような匂いが嗅覚を刺激する。思わず目を開けると、自分の鼻を齧っているスフレが眼前にいた。
「お前、何しやがる!」
反射的に引き離すヴェルラウド。
「アハハ! キスされると思った?」
スフレが悪戯っぽく笑う。
「あのなあ……」
ヴェルラウドが呆れたように言うと、スフレは再び顔を近づける。
「あたし、キスはまだ不慣れだからさ。まずは鼻をいただいちゃおうかなって事で!」
スフレの不意打ちによる悪戯に、ヴェルラウドは馬鹿かお前はと心の中で呟くばかりだった。同時にこいつらしいといっちゃらしいなと何処か安心してしまう。
「さってと。あたしはそろそろ戻るわ。あんたも早く寝た方がいいわよ」
「あ、ああ……」
部屋から出ようとするスフレは、小声で「ありがとう」と呟いた。ヴェルラウドは去っていくスフレの姿をずっと見つめていた。
「全く、感情豊かな奴だ」
ヴェルラウドは内心、何があってもいつもの無邪気で明るいスフレの姿であってほしいと願いつつも窓のカーテンを閉め、再びベッドで眠りに就いた。
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