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じゅじゅプラス

笑えない。

午後11時32分。トントンとまな板と包丁の音。
 
「不幸になった」など口が裂けても言えない。

長身の後ろ姿に声をかけた。
 
「何してんの」
「カレーを作ってる」

それは私が好きな食べ物だ。

彼はいつも夜に来ては明け方に帰る。
二人分のカレーを作って、熱を確かめ合う性行為をして、そして、「また来るね」なんて私の頭を撫でる。
ここまで聞いて私たちの関係を人は恋人かと思うだろう。実際に言われた。
けれど残念ながら、彼との関係はセフレなのだ。
「どう?」
「普通」
「え~、きびし~」
ふざけてんのか、とは聞かない。
彼が作ったカレーはお世辞抜きに美味い。だが、それを素直に口に出せるような可愛げのある性格はしていない。
そもそも何故彼が私の好物を把握しているのかが不思議である。一度も話題にだしたこともなければ彼に合鍵を預けるまで目の前で食べたことすらないのだ。
セフレなのに合鍵を預けている理由は割愛させていただく。特に理由がない。
「今日はするの?」
「しないよ、お前の顔見に来ただけ。僕がいないとろくに食事も取らないんだから」
失礼な。ちゃんと食べてるし。
口をへの字に曲げれば、笑われた。
 
彼のことを知ろうとしたことないが、彼は自分のことをべらべら喋る。
曰く、教師をしていてうんぬんかんぬん。
半分以上は覚えてない、ただお偉い人にこき使われて多忙らしいのに何故か私との時間をつくっているらしい。
「……んで、今日もこんな時間になってこの後も用事ってわけ。僕可哀想でしょ?」
「被害者ぶったって、何も変わらないよ。自分で行動、しなきゃ……」
そこではたと口を閉じて、掬ったカレーを見つめる。
「どうかした?」
「何もない」
そのままそれを口に放り込んだ。
こうやって夜は更けていく。曖昧な関係のまま、ただ静かに。
 
時刻は午後13時を過ぎていた。

この曖昧で進まない関係はいつまで続くのだろう。
私たちが相対になるのは夜が明けたあと。お互いが対等でいられるのは何も知らない昼の時間だけ。
なのに、おかしい話だ。向かい合って顔を突き合わすのは夜の時間だけ。
(考えても意味ないか……)
そのまま一人で眠る夜は少し寂しかった。
気にしないで目を閉じる。全ての言葉に意味を持たないことを私は知っている。

前に一回、彼が女の人と歩いているのを見たことがある。
茶色の長髪の背の高い女の人だった。後ろ姿でよくわからなかったけど彼がいつもと違う表情をしていたから相当な美人でよく出来た人なんだろう。
数日後、家に来た彼はいつも通りだった。
にこやかな笑顔で、優しい手つきで、本当にいつもどおり。
そこで私が傷ついたと気が付いた。
でも、私は一度手に入れたぬくもりを離せない。
(かわっちゃったなぁ……)
その日は隣にあるぬくもりをより感じて眠る。
変わらない、変わりたくない、それでも変わってしまうんだろう。
悟に見られないようにその日は泣いた。ただ静かに。 
 
その日は珍しく昼間にやってきて、早々に吐いた言葉は、
「静かな場所で眠りたい」
だった。
寝室で一人で眠った悟を置いて買い物をして、台所に立つ。
彼にこの前言われた通りろくにご飯を食べてないのは結構図星である。その理由は自炊をしないことが理由でもあった。
久々に包丁を握る。自分が食べたいだけのりんごを昔を思い出して、うさぎの形に切ろうとするのに悪戦苦闘する。
結局、できあがったのはガッタガタに切れたりんごだった。
「なにこれ」
「りんご」
「見りゃわかるよ」
私が差し出したりんごを見て寝起きの悟は不思議そうな顔をした・
「具合悪いのに来たのかと思ったの」
「あ、そういうこと?そこは心配無用だよ、なんたって僕最強だし」
「意味がわからないんだけど」
また口をへの字に曲げた。今度は笑われなかった。
「お前のことさ、嫌いじゃないよ」
唐突に言われた言葉に動揺して、片付けようとした皿を落としそうになる。
悟を見れば、その綺麗な蒼色が伏せられ寂しそうな、悲しそうなよくわからない表情をしていた。
何故、何故そんな表情をするの。
その問いは口には出せなかった。
聞かなかったフリをして部屋を出た。

人を呪えるほど好きには慣れない。
甘酸っぱい恋なんて柄じゃない。
それでも静かに芽生える執着を恋情なんて思いたくはなかった。
拙い想いだけが募っていく。
仕方がないんだ、彼のことを考える時間が増えていることも、彼を待っている自分がいることも全て仕方がないで済ませたら。良かったのに。
今までの言葉も私に対する優しさと言うなら全てが虚しく思えてくる。

私たちは対等だと、そうであってくれと願う。
全ての言葉に意味を持ってしまえば壊れるのは私の方だ。

今日も彼の胸で眠る。それに意味を持たないようにしなきゃいけないことを私は知っているから。





image song:メーベル/バルーン
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