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じゅじゅプラス

繋いでいた手を放されたあの日から、私は動けずにいる。

休日は嫌いだ。
何もしてないまま布団の上に転がってる時間は思考の海に流されやすいから。
体を起こしてテレビをつければ、お昼のバラエティ番組でタレントが何処かの美味しいものを食べて、下手くそな食レポを語る。
昔は見ていて楽しかった番組なのに、今は笑いのひとつも込み上げては来ない。
それでもテレビを消さずにその画面と音声に集中する。そうしなければ、どうでもいいことをひたすら頭に浮かべる連想ゲームが脳内で開催されてしまう。
1時間ほどぼーっとテレビを見ていれば、ふいに携帯の着信音が鳴る。
相手を確認すれば、五条悟の文字。
どうせ、ろくでもない要件だろう。そう思って、着信を切る。すると、今度はLINEの通知が立て続けに鳴り響き、止んだと思えば、着信音が再び鳴り響いた。
盛大なため息を吐いてから電話に出る。
「……なんか用ですか」
[わあ、めっちゃ不機嫌じゃん]
相手はケラケラと楽しそうに笑っていた。思わず舌打ちが漏れそうになる。
「誰のせいだと」
[そんなことより、君に朗報〜!]
「なんですか」

[憂太、来月帰ってくるって]

初めて、彼を見たのは高校の頃。
授業中、退屈だからと窓の外を眺めていたときに、たまたま外で体育の授業をしていた彼と目が合った。
「乙骨、先輩」
「って、真希さんと仲良い人?」
「そうだな」
同じクラスの伏黒に彼のことを聞いた。ただの興味本位で、しいて言うなら顔面がちょっと好み。
それだけで終わると思ってた。
「おーい、乙骨先輩呼んでるぞ」
「…………へ?」
一週間後の昼休み、虎杖が指を指した教室の入口に、その人は立っていた。
その後は、トントン拍子で進んでったように思う。
真希先輩から野薔薇経由で、私のことを聞いたらしい。呼び出されたその日に、告白をされた。
恋愛とか、好きの気持ち、とか。わからないけど、なんとなく差し出された手を繋ぎたくなった。
晴れて恋人になった後、しばらくはプラトニックな関係が続いたけど、その次の年の文化祭で一歩進んだ。
大学は別々の場所になったけど、彼はマメすぎるほど連絡をする人だったから、破局の危機とか、心配はなかった。

私が大学を卒業する年、あれを告げられるまでは。

「ちょっとぉー、何してんの?」
「勝手に家に来て第一声がそれですか」
あれから1ヶ月が経った。前と同じような休日、今度は家のインターホンが鳴らされる。激しく連打されるもんだから、大人しく出れば白髪の長身男が仁王立ちしていた。
「え?僕言ったよね?今日憂太海外から帰ってくるって」
「聞きました」
「行くでしょ、迎えに」
「いや、行きませんけど」
「はぁ〜〜〜〜?」
五条さんのクソでかい声が辺りに響き渡る。シンプルに近所迷惑だ。
「君ら恋人なんだよね?」
「そんなこともありましたね」
「過去形で話さないで?」
「いや、別れたし……」
「は……?え、憂太からそんなこと聞いてないよ?」
「そんなわけないですよ、私ハッキリと言いましたもん」
「えー、じゃあ憂太の勘違い?」
「でないと、説明がつきません」
そう言えば、納得のしてない顔で五条さんがう〜ん、と唸る。しばらく考え込んだ後、やけに明るい笑顔でパッと顔を上げた。
「それなら、せっかくの休日邪魔して悪かったね!」
「いや、いいですけど。二度と来ないでください」
「辛辣!」
も〜僕の周り冷たい子ばっか!と言いながら五条さんは帰って行った。
あれから、三年か。
部屋に戻ってカレンダーを見る。もうそんな経っていたのだと、実感することはなかった。
私はいつだってあの日から進んではいない。
別れたと言いつつ、今も彼の迎えを待っている。

そうだ、あの日手を離したのは彼ではない。
離されたのは私では、ない。

冬の寒さが増す12月だった。
前にイベントや、記念日に疎い私が何も考えずにクリスマスの日にバイトを入れたことを彼に怒られて、先輩に絶対空けといてと圧をかけられた25日。
自分から、二人で出かけようね、と口酸っぱく言ってきた癖に、その日の彼は常に上の空だった。
「憂太、もう帰ろう。今日なんかおかしいよ」
「…………ごめんね」
「具合悪いの?」
「…………ごめん」
それしか口にしない彼を不思議に思って、俯いてる顔を覗き込もうとすれば、痛いくらいの力で抱きしめられた。
「…………あのね、聞いてほしいことがあるんだ」
「なに」
「来年から…………僕、海外に行くことになった」
「……は?」
喉から絞り出すような、弱々しい声から告げられた言葉に固まる。
彼は、今、なんて。
「……海外出張……行かなきゃ駄目なんだって、僕にしか出来ないことがあるからって」
「いつまで……?」
「わからない、少なくとも1年半以上」
俯いて、彼のコートの裾を握る。お互いしばらくの間、沈黙した。
わかってる、悪いのは憂太じゃない。それでも数年で築かれた恋心は蓄積されて、離れ難い程にこの関係を気に入ってしまった。溺れてしまった。隣に温もりがある生活に。だからこそ、きっと、耐えられない。
そう、思った。
「……あの、」
「ごめん、憂太。別れよう」
「は……?」
「憂太が、そばに居ないのは無理だから」
そっと掴んでたコートを離す。顔を上げて下手くそな笑顔を作る。きっと、笑えてはいないだろうけど。
「ありがとう、楽しかった。海外出張がんばってね」
「まっ……」
「ばいばい」
彼の腕から離れて、走り出す。
周りのイルミネーションが眩しくて、放した手が寒くて、
それでも帰るまでは泣くまいと必死に堪えた。
家に着いて、ベットに倒れ込んで声を押し殺して泣いた。
それから彼が海外に飛び立つその日まで一切顔を合わせることなく過ごした。
最後に見た彼の顔が泣きそうに歪んだ顔だったのが、唯一の後悔だったと思う。

今年は冷え込みがキツイ年だと、今朝見たニュースでやっていた気がする。
12月は嫌いだ。五条さんが鬱陶しいくらい騒ぐ月でもあるし、野薔薇からの恋人欲しいの愚痴が増える、何よりあの日を思い出すから。
「もうすぐクリスマスだなぁ」
「そうだね」
「今年はみんな予定合いそうだし鍋しよーぜ」
「虎杖の作った鶏団子」
「はは、作る作る。伏黒もおんなじこと言ってたわ」
伏黒の誕生日の三日前、虎杖と誕生日プレゼントを買いに出かけていた。
「伏黒の誕生日会、今年も出来ないの残念だなぁ」
「大人になっちゃったからね」
「本当にな。プレゼントも多分クリスマスだわ」
「クリスマスプレゼント買う手間省けたじゃん」
「そもそも買ってないけどな」
「確かに〜」
そう言ってケラケラ笑う。虎杖はフラットに会話が出来るから楽だ。あれこれツッコまれることもない。
「夕飯、居酒屋で良い?」
「うん、飲むの久々」
「だなぁ、何処にしよう」
そう言って、駅前の広場を横切ったときだった。

「〇〇ちゃん!」

後ろから手を掴まれる感触、聞こえるはずのない声。
「……ぁ、ゆう、た」
そこにいたのは、間違いなく私が待っていた、でももう会うこともないと思っていた人だった。

「俺のことは気にしなくていーよ、じゃ、25日みんなで会おーな」
虎杖は、気を使える男だった。
手を振って去っていく彼が見えなくなってから、憂太の方を向けば、勢いよく抱きしめられる。
「……ゆうた」
「……虎杖くんと、付き合ったの?」
「付き合ってない、伏黒の誕生日プレゼント一緒に選んでた」
「……そっか」
安堵したようなため息を吐いて、彼は私の肩に顔を埋める。腕ごと抱きしめられているから、背中に腕を回すことは叶わなかった。
「……憂太は、さ」
「僕は別れたと思ってないよ」
「…………」
「言い逃げされたから、僕は頷いてない。別れてないから」
「……そっか」
ちょっとほっとしたことに少しの罪悪感。それでも、彼がずっと想ってくれていたことに喜んでしまうのは最低だな、と思い直した。
「ずっと会いたかったし、連絡もしたかった。あの日から連絡全部無視されて、すごく悲しかった」
「……そんな酷いことしたやつに、よく会おうと思ったね」
「言ったよ、別れてないって。別れたつもりもないって。絶対、会いに行くって決めたんだ。今度は掴んでくれた手を放さないって決めたから」
そう言って手を握られる。あの頃と変わらないゴツゴツとした男らしくて、温かい手。ただ、前より乾燥している。
「……不安、とか、なかったの」
「ない。だって、君が言ってくれた。僕が側にいないのは無理だって。それって、僕にずっと隣にいてほしいってことでしょ?」
「三年で、気持ちが変わるとか、思わなかったの」
「思わなかった、君があれを告げたときの顔を覚えている。だって、

別れたくない、って顔に書いてあったよ」

そう言われて泣きそうになる。
ああ、私が思ってる以上に彼は私のことをよく見ている。
そして、私は私が思っているより、わかりやすいのかもしれない。
「ねえ、お願い。また隣にいさせて。今度は絶対に離れない。もう、何処にもいかないから」
「……いいの、こんなやつでも」
「君じゃなきゃ絶対に嫌」
「そっか……」
彼の言葉に安心すれば、涙が出てくる。
「…………ゆうた」
「なぁに」
「おかえりなさい」
あの日と同じ下手くそな笑顔で、そう言った。
「……うん、うん!ただいま!」
痛いくらいにまた抱きしめられる。
ああ、幸せだ。
きっと休日も12月も次からは嫌いじゃなくなる。
そんな気がした。

久々に交わした口付けは、涙のしょっぱさがやけに残った。
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