覆い隠した恋心達
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私は、2度の失恋を経験した。
私の名前はナマエ、インドの英霊だ。
私は、アルジュナに恋をしていた。否、現在進行形で恋をしている。
そのアルジュナに私は失恋をした。
1度目は生前、英霊としてサーヴァントになる前の話である。
私とアルジュナは友人である。
クリシュナには及ばないかもしれないが、それなりに良好な関係を築けていると思う。
数年かけてじわりじわりと育った感情は、いつしか恋となっていた。
けれど私は、想いを告げることは無かった。
アルジュナが私を友と呼び、笑うから。
私はそれに応えた。彼の笑顔が陰ることを恐れたのだ。
そうしてどうしようもない恋心を押し殺し続けた数年後の事。
アルジュナが兄弟たちと共に、嫁を娶った。
それが1度目の失恋。
至極当然で、当たり前の出来事だった。
分かっていたはずだ。分かっていたはずなのだ。
アルジュナの友でい続けることを選んだのは、私自身のはずなのに。
悲鳴を上げ痛みに血を流すこの想いだけは、それでもなお捨てることが出来なかった。
そうして私は、想いを伝えることなく、友人として共に戦場を駆け抜け、人生を終えた。
死後、私は英霊となり、現在はサーヴァントとしてカルデアに呼ばれ、人理修復のために戦っている。
「ナマエ、貴方も来たのですね!」
古今東西、あらゆるサーヴァントが集まるカルデアだ、もちろん同郷の英霊達も同様に。
「また会えて嬉しい」と笑みを零す想い人の姿に、私も笑みが溢れた。
死後も会えるとは、共に戦えるとは思ってもみなかった。この幸福は例えようもないものだ。
あぁ、けれど私はすぐに気がついてしまった。
マスターに向けられたアルジュナの笑みは、私が見たことのないもの。
カルデアでマスターの元、アルジュナは何か答えを得たのだろう。
私は何となく、それがアルジュナの中にある黒のことなのだと理解した。そしてそれには、マスターが大きく関わっているであろうことも。
それはとても喜ばしい事のはずなのに、私の中で再び、かつての醜く淀んだ感情が痛みとともに胸中を満たそうとするのが、酷く恥ずかしかった。
アルジュナはマスターを特別に想っている。
それは私は2度目の失恋だった。
「それで?結局テメェはどうしてえんだよ」
「どう、とは」
最近様子がおかしいと、無理矢理ナマエを誰も居ないシュミレーターへと連れ出したのは、生前の敵今生の仲間であるアシュヴァッターマンだった。
「だァから!アルジュナの野郎に、告ンのかどうかって話だよ」
彼は馬鹿にするでも否定するでもなく、こうして真面目に話を聞き、どうあれこちらの意見を尊重しようとしてくれている。
アシュヴァッターマンにはあまり良い思い出も印象もなかったが、今回を機に考え直す必要があるなと考えていれば、睨まれてしまい思わず苦笑する。
「言っただろう、アルジュナはマスターを特別に想っていると」
「それとテメェが想いを告げないことは、何の関係もねぇだろうが」
正論だった。
アルジュナが誰を想っていようと、すでに失恋していようと、ナマエが想いを告げないこととは何の関係もないのだ。
彼の言葉に、手厳しいなと苦笑が漏れた。
「それでもやはり、想いを告げるつもりはない。
今の私はサーヴァントであり、人理を守るためマスターの元で戦うことこそが本分だ。
私個人の勝手な私情で組織の空気を悪くすることは……」
そこまで言って口を噤んだ。
アシュヴァッターマンの目が、真っ直ぐにこちらを見据えている。
彼が聞きたいのは、こんな繕った言い訳などではない。
くしゃりと、ナマエの顔が自嘲気味に歪
んだ。
「……私は結局、今も昔も恐れているだけなのだ。今の関係を失うことを、この想いが拒絶されることを」
積を切ったようにこぼれ落ちる、醜い本音。
好きだったのだ。愛していたのだ。
生前も、死後も、今も変わらずに。アルジュナという人のことが。
彼の良き友人でいたいと願う度に、心の臓が軋む音を聞いてきた。
叶わないと分かっているに、捨てられないこの想いが、辛かった。
ぼろぼろと涙が頬を伝う。
アシュヴッターマンは何も言わない。
ただ無言で私の本音を受け入れてくれた。それが何より有難かった。
「──────ナマエ」
遠くでアルジュナの声が聞こえる。
いつまでもシュミレーターに篭っているために、探しに来てくれたのだろう。
あぁ、待ってくれ、今行くから。
どうしようもない恋をした、愚か者の顔を隠して、友人の顔で会いに行くから。
だから今は、今だけは許してくれ。
怒りの化身の熱い身体が、醜い私を覆い隠した。