覆い隠した恋心達
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アーラシュは生まれながらにして英雄だった。
神代の名残を持つ肉体は、病や毒に侵されず、その凄まじい身体能力は他の追従を許さない。
しかしそれ故に、彼は孤高であった。
ナマエはそれが酷く嫌だった。
人々がアーラシュを英雄だと崇めるのならば、自分は友として隣で笑おう。
アーラシュが人々を守るなら、自分も隣で戦おう。
そのために自分を鍛え、槍の腕を磨いた。
たとえ神代の名残を持つ肉体に遠く及ばないとしても、少しでも彼と共にあれるのならばと、血の滲む思いで努力した。
そんな自分を見てアーラシュが、そんなことしなくても、お前は俺の1番の親友なんだがな。と呆れたような、それでいてどこか嬉しそうに笑ってくれるのが、誇らしくて、嬉しくて。
だからこそ許せなかった。
自分を親友だと笑ってくれたアーラシュに、“恋心”を抱いてしまったことが。
裏切りにも近しいこの感情をどうしても知られたくはない。けれど千里眼を持つ彼がこの気持ちに気づいてしまうのも時間の問題だということも分かっていた。
ナマエは悩みに悩んだ末、この恋心を忘れてしまうことにした。
山の奥に住むという、魔術師の老婆に恋心を消してくれるよう頼み込んで。
老婆は心底呆れたように、馬鹿な子だね。と呟いてナマエの望んだ通りに、その恋心を記憶から消してしまった。
それでもナマエはまたアーラシュに恋をした。
何度も何度も恋をして、その度に恋心を消してきた。
それでもまたあの太陽なような笑顔に射抜かれて、恋に落ちてしまうのだ。
「これ以上弄るのは止めた方がいい。
私に感情を消せるほどの力はない、だから変わりに恋した瞬間の記憶を消してるんだ。
これ以上記憶をいじれば、そのうちボロがではじめて壊れちまうよ」
ある日の老婆の警告に、ナマエはふわりと笑った。
「分かってる。それでも俺はアーラシュの傍で一緒に笑っていたいんだ」
それは自傷行為にも似た我儘で、老婆は眉をひそめ、また恋心を消した。
戦というものは、常に死と隣り合わせだ。
油断していた訳では無い。それでもどこか勝利に気が緩んでしまっていたのだろう。
火事場の馬鹿力とでもいうのか、瀕死の敵兵が放った矢は、こちらの大将の首めがけて真っ直ぐに飛んできて、ナマエは咄嗟にその軌道線上へと躍り出ていた。
矢がナマエの心臓を貫くのと、ナマエが敵兵へ向けて槍を放ったのはほぼ同時だった。
大将を守って死ぬのだ、これで自分も少しは英雄へと、真の意味で彼の隣へと近づけただろうかと、頭に浮かんだのはそんなことだった。
「ナマエ!!」
必死にこちらに手を伸ばすアーラシュの姿が見える。
その姿が、どうしようもないほどに嬉しくて、死に際でさえも彼に恋をしてしまった自分に、もうどうしようもないなと、自嘲気味に笑ってしまう。
倒れゆく親友の体を受け止めて、そしてアーラシュは視てしまった。否、視えてしまった。
それは、どうしようもないほどにぐしゃぐしゃに千切れてしまったまま、消えることの無い恋心。
その日英雄は、ただ静かに涙した。
それを拭ってくれる人は、もう居ない。