覆い隠した恋心達
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「総ちゃん、あのね」
そっと、柔らかな声音で紡がれたその内緒話に、沖田は目を見開く。
秘め事の主は、沖田の様子にゆるりと頬笑みを浮かべた。
それはいつかの内緒話
「歳さん、また沢庵買い占めたでしょう。総ちゃんが怒ってましたよ。新撰組は財政難だ〜って」
そうくつくつと笑うナマエに、隣を歩く土方は小さく鼻を鳴らした。
土方にとってナマエという男は、同じ新撰組の同士であり、古くから付き合いのある1番の理解者で友であった。
今日は2人、見回りのために町を歩いていた。
つい先日も幕府に仇なす過激派組織を1つ捕らえたばかりで、いまだこの幕末の世は平穏とは言い難い。
ふと、ナマエが土方の背後、路地裏の影に目をやるとそのまま見開き
「歳さんッッッ!!!」
ナマエが叫び声を上げ、土方を押し退ける。
パン、と乾いた破裂音
路地裏から飛び出してきた男が放った鉄砲玉が、ナマエの腹を撃ち抜く様を、いやにゆっくりと鮮明に土方の目が映した。
「ナマエッッ!!!」
一瞬で真っ赤に染まった視界に、気が付けば鉄砲を持っていたその男の頭を切り落としていた。
そのままぐしゃりと崩れ落ちた屍を無視して、ナマエの元へ駆け寄れば額に脂汗を浮かせ、だくだくと腹から血を流しへたり込んだその背を抱えるように支えた。
「さすがにこれじゃあ、石田散薬でも、むり……かなぁ……」
「馬鹿を言え!!今医者に連れってやる。それまで死ぬんじゃねぇ!!」
へらりと冗談をぬかすナマエに、思わず怒鳴り声を上げる。
手拭いで傷口を縛り止血して抱き上げると、土方はそのまま全速力で診療所を目指し走り出した。
何だ何だとざわめく野次馬やぶつかる通行人達に構っている暇などない。
死なせるものか、喪ってなるものか。
診療所までの道が、酷く遠く思えた。
屯所の道場で竹刀を振るっていた沖田は、息を切らしながら駆け寄ってきた隊士の1人から、ナマエが先日新撰組で取り締まった過激派組織の残党に撃たれた事を知らされた。
竹刀がカラリと音を立てて手から滑り落ちていく。
気がつけばそのまま走り出していた。無事でいて欲しいと願う頭の隅に、沖田はとある日の出来事を思い出していた。
あの日は綺麗な晴空で、屯所の近所にある梅の木が、ポツリポツリと蕾をつけていた。
調子が優れないと布団で横になっていた沖田の暇潰しにと、業務の合間に話し相手になってくれていたのがナマエだった。
彼は何でもない話の合間、ふと思い出したように秘密だよ、と口を開いた。
「総ちゃん、あのね。俺、歳さんのことが好きなんだ」
そう言ってふわりと笑ったナマエに、沖田は目を見開いて、次の瞬間には思わずええ!?と驚きの声を上げていた。
「土方さん、あの土方さんですか!?ど、どうして……」
「そう、その土方さんですよ」
あまりの沖田の混乱っぷりに、ナマエはどこか楽しそうに笑った。
「どうしてなのかなぁ……俺にも、よく分からないんだよね。
けど、いつの間にやら好きになってしまったんだよ」
ほら、恋は落ちるものって言うしねと、どこか他人事のように話すナマエに、なるほど?と気の抜けたような返事しか出来ない。
沖田は自分の思いつく限りでは、色恋とはとんと無縁な人生だった。
けれど土方のことが好きだと言うナマエの目が、どこまでも土方のことを想っているのがじんわりと伝わって、何故かこちらが気恥ずかしくなってしまう。
あの日、気持ちを伝える気は無いと。今のまま土方の傍に居られるだけで幸せだと微笑んでいたナマエの想いさえ奪うのかと。
どうしようもない怒りや悲しみが胸に積もる。
「土方さんっ!ナマエさんは……」
そこから先、沖田は言葉を出すことができなかった。
血に濡れた土方の浅葱色の背が、振り返ることも無く、ただ1人を見下ろしている。
ぽとりとどこかで梅の花が落ちる音がした。