転がった恋路の行方
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白緑と新緑が並んで歩いている。
「姐さん」と呼ぶ声に、呆れながらも応える彼女。
本来ならば有り得ないその光景に、ただ親友として微笑んだのだ。
「ここ、いいか?」
カルデアの食堂、レイシフト後の遅めの昼食をとっていたナマエへ、同じく遅めの昼食をとりに来たのだろうヘクトールがそう声をかけた。
「.......他にも空いている席はあるだろう」
「まぁ、いいじゃない。仲良く食べようや」
結局向かいの席へ腰掛けたヘクトールに、ナマエは小さく溜息を吐いた。
生前、確かにナマエ達とヘクトール達は敵対関係にあったが、サーヴァントとになってまでそれを引き摺るつもりはない。ましてや今は味方同士。
けれど積極的に仲良くしたいかと言われれば、それもまた別の話なのだ。
「それで、何か用でも。貴方は意味もなく、こんな事はしないだろう」
1度争いあった関係で、ヘクトールの性格をよく知っているからこその言葉に、ヘクトールは手厳しいなぁと笑った。
「ま、アキレウスへの嫌がらせって意味もあるんだけどね。
仲良くしたいって言うのも本当よ?彼奴よりかは断然、お前さんとの方が気が合うだろうしな」
終生の宿敵であったアキレウスと、敵対こそすれど直に戦うことのなかった自分とでは、そうなるのだろう。けれどそれだけではないだろう、と視線を投げるナマエに対して、やはりヘクトールは笑ったままだった。
「そういやぁ、アキレウスの野郎は何かとアタランテを気にかけているようだが、そこんとこお前さんはどうなんだ」
話題を変えるように、世間話として振られたそれに、ナマエの動きが一瞬止まる。
「同郷の味方同士、仲を深めるに越したことはないだろう。何より彼女の武勇伝は寝巻き物語としてよく聞いたものだからな」
「ふーん、それだけか?」
どこか含みをまたせたその反応に、ナマエは眉根を寄せた。
「.......何が言いたい」
ヘクトールの目が、ついとこちらを向く。
「今のこの状況は、俺達みたいなもんにとっちゃ、それこそ奇跡みたいなもんだ。次にいつ会えるかも、会えたとて味方同士だとは限らない。たとえその場だけのものだとしても、悔いは少ない方がいいぜ?
まぁ、らしくもないがオジサンからのアドバイスだ」
いつもののらりくらりとしたそれではない、普段の彼らしからぬ助言に、ナマエは1度口を結んで、それから静かに開いた。
「.......私は、そんなに分かりやすいだろうか」
「いや?上手く隠せてると思うぜ。俺はあれだ、元々お前さんらとは敵対関係にあったからな、何かと気にして見ちまうのよ」
その言葉に安心したように息を吐いた。
あれだけ蓋をして隠してきたのに、今になってそれが周りにバレていたのだとしたら、なんの意味もないことになってしまう。
「彼奴の重りになってしまうくらいなら、私は悔いを抱えたままでいい」
昔も今も彼には自由に、思うがまま駆けていてほしいのだ。
それだけ言うと、とうに空になった食器の乗ったトレーを手に席を立つ。
「.......礼は言っておく」
「難儀な性格だな、お前さんも」
“ 彼奴も”そう続けられた言葉は誰の耳に届くことも無く。
何を言われようと、これがナマエにとって抱いたこの恋心への覚悟だった。
マイルームの扉がノックされる音に、ナマエは顔を上げた。
「よお、邪魔するぜ」
訪ねてきたのはアキレウスだった。
好きにかけてくれ、と言うナマエの言葉に返事はすれど、アキレウスは入口近くで立ち尽くしたまま。 いつもと違うその様子にナマエはそっとアキレウスに近付いた。
「どうした、何かあったか」
「.......いや」
らしくもなく暫く黙ったままだったアキレウスは、静かに息を吐くと意を決したようにナマエを見た。
「昼間、ヘクトールと何を話してたんだ」
見られていたのか、と。特に悪いことをしていた訳でもないのに、そう思ってしまう。
「何でもない、ただの世間話だよ」
本当の事など当然言える訳もなく、誤魔化すようにそう伝えたのに、アキレウスは眉間に皺を寄せた。
「俺には言えないことか」
そう言った顔は怒りとも悲しみともつかぬ形で歪んでいて、ナマエは焦ってしまう。
友と宿敵が一緒にいたのは、やはり見ていて良い気がしないだろう、それで気を悪くしてしまったのかと、そんな考えが頭を過る。
さりとて、本当の事など言える筈もなかった。
そんなナマエの様子に、あー、と唸るように声を漏らすと頭を掻いた。
「いや、悪い。ただの八つ当たりだ」
アキレウスが小さく自嘲する。
彼らしくない珍しいその姿に、ナマエはどうすることも出来ずに、ただ言葉の意味探る。
「俺は、格好悪い話が嫉妬したんだ。お前とヘクトールが一緒にいる所を見て」
それはまるで、ナマエがアキレウスとアタランテの2人が共にいる時に抱く気持ちを、アキレウスもナマエとヘクトールの2人に抱いたとでも言うかのようなその物言いに、ナマエは目を見開いた。
それでは勘違いしてしまいそうになる。自分の良いように捉えてしまいたくなる。それ以上聞きたくなくて、けれど聞いてくれ、とアキレウスが真剣に告げるものだから、耳を塞ぐことすら出来なかった。
「俺は、ナマエが好きだ」
ヒュッと息を呑む。
射抜くように見つめるその瞳は、視線を逸らすことすら許さないとでもいうかのようだった。
「友としてではなく、戯れでもなく、ましてや同情でもない。ただ1人の男として、お前が好きだ」
他の可能性を丁寧に潰されて、何か言おうにもただ震える唇が意味もなく開閉するだけに終わってしまう。
アキレウスの手が、ナマエへとのばされてそっと頬を撫ぜる。
熱をもった、武器を持つ男の掌。自分とそう変わらないはずなのに、恋する男のものだというだけで、特別に思えてしまう。
「お前の口から、今度こそちゃんと答えが聞きたい」
今際の、伝えるつもりのなかった告白ではなく、きちんとした意思でもっての言葉が、ずっと聞きたかったのだ。
「.......私、は、」
震える声で言葉を紡ぐ。
「私も、アキレウスが、好きだ」
言った途端、体を引き寄せられ強く抱きしめる。
心臓は、止まることなく駆けていた。