覆い隠した恋心達
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視界に写った1人の青年の姿に、ナマエは笑って手を振る。
「四郎!」
呼ばれた声に振り向いた青年もまた、笑って手を振った。
ナマエはこの島原に住む農民一家の次男坊だ。
島原の農民は皆酷い重税に悩まされ、貧しさに喘いでいた。
そんな時にやって来たのが天草四郎という奇跡を起こす青年。
そんな四郎の起こす奇跡の数々に人々は彼を崇め、幕府への反乱を決意したのだ。
ナマエには難しい事は分からない。
皆がこの苦しさから解放されて、お腹いっぱいご飯が食べられて笑っていられる方法があるのならそうしたい。
そう言ったナマエの言葉に四郎は微笑んで、一緒にそんな世界を作ろうと約束してくれた。
その約束だけで、ナマエには充分だった。
四郎といると胸の辺りがぽかぽかと日向ぼっこをしている時のように温かくなって、彼のためなら何だって出来るような気がしてくるのだ。
そんな今までのどの友達にも抱いたことのない感情に、それを聞いた母は柔らかく笑って言った。
まるで恋しているみたいね。
それはすとんとナマエ胸に落ち着いて、そこでようやく自分が四郎に恋をしていることに気がついたのだ。
大人達と難しい話をしている四郎を遠目から見やる。
この感情はきっと四郎の邪魔になる。
それは頭の悪いナマエでも理解出来た。
だからナマエは芽吹いたばかりの恋心を殺して、殺して、殺し続けて、笑った。
「俺と四郎は親友だからな!」
恐れ多いぞ!と拳骨してくる大人達、それでも四郎が笑って肯定してくれたから、それだけでもう充分だった。
本当に、もう、充分だった。
「君に頼みがある」
少しづつ苦しくなる戦況のなか、一人の男に声をかけられた。
そうして告げられた内容に、ナマエはすぐに頷いた。
それが皆のためになるなら、四郎のためになるならばと、笑って男の言葉を受け入れて、ナマエはその晩に島原を出ていった。
「ナマエを何処へやったのですか」
問う四郎へ男は笑った。
「この島原を救うには今お前を失う訳にはいかないのだ、分かるだろう」
それに、と男の目が四郎を射抜く。
「あの子は直ぐに受け入れてくれた。恋い慕う相手の為に健気なものだ、それで死ねるなら本望だろう」
口の中がカラカラと乾く。
親友だと笑ったあの笑顔が、脳裏にこびり付いて離れなかった。
四郎がナマエと再会できたのは、それから数日後の事であった。
板の上に置かれたその首の濁った目が、真っ直ぐに四郎を見ていた。
ナマエは四郎の身代わりとして死んだ。
江戸幕府軍が反乱軍の指導者である四郎の顔を知らなかったことを利用して、一時でも時間を稼ぎ戦況を立て直すために、ナマエを囮として使われたのだ。
立ち止まることはしなかった。ここで止まってしまえば、ナマエの死に意味が無くなってしまう。
どんなに痛かっただろう。
どんなに怖かっただろう。
いっそナマエが自分に告白してくれたならば、その想いを否定して、作戦の邪魔になるからと遠ざけてしまえたのに。
1人で抱えて逝かせてしまった。たった1人救えなかった。
感情など捨ててしまえ。
人々を救うためには、この感情は要らない。
この胸の痛みも。喪失感も。
あぁ、もう二度と、君はかえらない。