転がった恋路の行方
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バキッという衝撃音に、周りにいた通行人達は、何事かと足を止めた。
流れるような黒髪に黒いセーラー服の少女は、震えるほど力の入った拳を解かぬまま、尻もちを着いた男を殺気すらこもった目で見下ろしている。
昼間の往来でのその出来事に痴情のもつれか、はたまた別のいざこざか、警察でも呼んだ方がいいのかとざわめく周りの人達、男は「すみません、お気になさらず」とヘラヘラ頭を下げた。
「大丈夫、龍馬には会わないよう気をつけるから」
そう一言だけ告げて、男はフラフラと立ち上がると背を向けた。
「逃げるな、馬鹿ナマエ!!」
少女の苛立ち混じりの叫びにも、男が振り返ることはなかった。
まぁ、そりゃそうだよな
そう独りごちて、お猪口になみなみと注がれた酒を一気に煽った。
ナマエという男には、前世の記憶がある。所謂生まれ変わりだとか転生だとかいう類のものだ。
江戸時代末期を生き、とある男に恋をした記憶。
そのナマエが恋した男というのが、日本人なら誰もが1度は耳にしたことはあるであろう「坂本龍馬」その人。
そして昼間に会ったというか殴られたのが、坂本龍馬の付き人ならぬ付き神というのか、人ならざる少女「お竜さん」。
なんとなく、なんとなくではあるが自分がもう一度この世に生まれたということは、龍馬とお竜さんも同じようにこの世に生まれ落ちたのではないかと、そんな予感はしていた。
予感していただけで、会うつもりはまったくもってなかったのだが。
お竜さんに出会い頭に殴られたことは、まぁ再開することがあればそうなるだろうなと予想していたし、何なら下手すれば殺されるかもな。位には思っていた。
それくらい、酷いことをした自覚があったのだ。
お猪口に酒を注ごうとして、徳利が空になっていた事に気づく。
出来ればこのまま延々と呑んでいたかったが、悲しいかな手帳に刻まれた仕事の2文字にため息をついて、伝票を手に席を立った。
深夜も零時少し前。
酒に火照った頬を夜風が撫でていく。
愛する男の隣で生きるより、死ぬことを選んだ最期だった。
思い返せば返すほど、酷い最期だと思う。
死んで、愛した男の心の傷になりたかったのだろうか。
あいつは優しいから、きっと一瞬でも酷く傷ついてくれるだろう。
あいつの重しになりたくないと思いながら、一生消えない傷になりたいとも思う。ひどい矛盾を抱えて生きて、けれど永遠に報われない恋心を俺は抱えられなくて、だから俺はあの日、刺客の相手を1人でして死んだのだろうか。
あぁ、なんて醜い。酷い恋だ。
「……見つけたっ!」
背後からの聞き慣れた声を無視してどうにか歩き続ける。
今一番聞きたくない声だった。
お竜さんは黙っているものだとばかり思っていたが、どうやら彼女は意外にも龍馬に自分の事を伝えたらしい。
こちらに駆ける足音、気が付けば体は後ろから強く抱きしめられていた。
そこで他人のフリをしようとして、止めた。
「……龍馬」
名前を呼ぶ。
抱き締める腕は微かに震えていて、俯いたその顔は見る事は叶わなかった。
「……ナマエ……ナマエっ……!」
泣き出しそうな声が、何度も名前を呼ぶ。
「ずっと、探しちょった……もうおいていかんでくれ……!!」
久々に、彼の訛りを聞いた気がする。
それに何か言おうとして、結局何も言えずに口を閉じた。
この腕を振りほどくことも、抱きしめ返すことも出来なくて、どうすることも出来ずにただ立ちすくんだ。
自分勝手に死んでいった男のことを、生まれ変わっても引きずり続けるいっそ悲しいほどに優しい男。
俺みたいな男、さっさと忘れて幸せになってくれていれば良かったのに。
それでも愛した男が自分の死に傷つき今生でも深くそれが残っていることに嬉しいと感じてしまう自分に吐き気がした。