覆い隠した恋心達
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愛した人は、誰よりも速く宙を駆ける"英雄"であった。
誰よりも英雄として生きる彼は、誰よりも速く美しくキラキラと輝いて。
ナマエはそんな彼を愛していた。
アキレウスとの出会いは、彼が賢者ケイローンを師事していた頃に遡る。
ナマエの父とケイローンは古くからの友人で、時折ケイローンの元を訪れていたナマエとアキレウスが出会うのは、半ば必然であった。
大地を駆けるまだ幼いアキレウスの姿は、ナマエの心に深く、深く、眩しいほど鮮明に焼き付いていて、今思えばあれは一目惚れだったのだろう。
けれど自分を"親友"だと笑った彼の言葉に、ナマエは悲鳴を上げる心を隠して、笑った。
英雄としての道を駆ける彼の邪魔だけは、したくなかった。
遠くの方で、戦場独特の喧騒が聞こえる。
"トロイア戦争"
ヘクトールの弟パリスが、メネラウスの妻ヘレネーを強奪したことから始まったこの戦争は、アキレウスはもちろんながら、ナマエも一戦士として参戦していた。
けれど流石ヘクトールと言うべきか、彼の作戦により本陣と分断させられたナマエと1部の戦士達は、その巧妙な罠によって殲滅状態にあった。
けれどタダでやられてなるものかと、全力で足掻いた甲斐があってか、相手の部隊も同じようにやられ、敵味方関係なく辺り一面に広がった血の海に倒れふしていた。
ナマエも辛うじて意識はあるものの、もう助かりはしないだろう。
頭から流れる血で視界は歪み、右足は膝から下の感覚がない。
「これじゃあ、ますますアキレウスに追いつけないな……」
誰よりも速い彼に追いつけたことなど、五体満足の時でさえなかったけれど。そうやって自嘲気味に笑う。
思えばいつも彼の背ばかりを見つめていた気がする。
あぁ、アキレウスは無事だろうか、怪我などしていないだろうか。
彼は自分とは段違いに強いのだから、きっと大丈夫だろうけれど。
私の死を知った時、アキレウスは悲しんでくれるだろうか。
沈みゆく意識の中でそう考えていれば、誰かが近づく音がした。
敵かと思ったその"誰か"は、ナマエを強く抱きしめると、必死に何事か叫んでいる。
どうやら味方らしかったが、朦朧とした意識と歪んだ視界の中では、それが誰なのかまでは分からなかった。
「誰だか……存じません、が……どうか……アキレウスに……お伝え……くださいませんか……」
必死に口を動かせば、"誰か"は力なく垂れるナマエの手を取り握った。
ナマエは、どうしても伝えたかった。
「アキ、レウス……貴方のおかげで……私は幸せ……だった……貴方の人生が……満ち足りたもので、あるよう……祈っている、と……」
死の間際までアキレウスの為に紡がれる言葉に、"誰か"は息を飲み、握った手に力を込めた。
そうしてナマエは、満足気に笑む。
これでもう思い残す事はないとでも言うように。
「あぁ……アキレウ、ス……わたしの……あいした……ひと……」
掠れた声で最期に漏れた言葉。誰にも伝えるはずのなかった想い。
それは"誰か"の胸を、心の臓を、強く、強く貫いた。
親友の亡骸を抱きしめたまま、今は、今だけは駆け抜けられそうにない。