2020バレンタイン企画
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深夜2時
マスターはとっくに眠りにつき、個々違いはあれど、大抵のサーヴァントも活動を止め、昼間は賑やかなカルデアは夜の闇と静けさに包まれている。
そんな時間帯にも関わらず、カルデアのキッチンからは明かりが漏れ、時折カチャカチャと微かに音をたてている。
「こ、こんなものだろうか……」
皿に並べられたいくつもの丸いチョコレート。
深夜のキッチン、甘い香りを纏わせるのはそこに居るには珍しい、ギリシャのサーヴァントナマエの姿だった。
彼がこうして深夜に1人、チョコレートを作るきっかけは遡ること数日前、マスターとのふとした会話が原因にあった。
「あ、もうすぐバレンタインだ……」
「ダ・ヴィンチ女史から聞きました。聖バレンタインデーでしたか?」
ポツリと零したマスターの言葉を拾いあげれば、ナマエはバレンタイン初めてか!と笑みを浮かべた。
「故郷の日本では好きな人にチョコを贈る日なんだ!好きな人に贈るチョコを本命チョコって言うんだけど、それ以外にも友達同士で贈り合う友チョコとか、お世話になった人に感謝を込めて贈る義理チョコとかあるんだよ」
カルデアでも毎年、サーヴァントのみんなから貰ったりあげたりしてるんだけど……
楽しげに話していたマスターの目が、キラキラとこちらを見る。
「ナマエは誰かに、チョコをあげたりするの?」
そう言われて、ナマエは咄嗟に分からないと答えなんとかその場を濁したが、マスターと別れたあとも、頭の中でグルグルとその言葉が離れなかった。
マスターに質問された時、浮かんだのは勿論アキレウスの事。
誰にも話していないし、話すつもりもないのだが、今も昔も変わらずアキレウスが好きだ。
それはサーヴァントになった今も変わらない。
そしてふと、ナマエはある考えに至る。
本命チョコなるものは渡せずとも、別にチョコを贈ることは出来るのでは?
マスターの国にある友チョコだといえば、アキレウスに自然にチョコを贈ることができると我ながら女々しい考えが浮かぶ。
思いを告げることすらできないのに、いっちょまえにチョコは渡したいというのだから我ながら相当な阿呆なのだろうと、自嘲の笑みが漏れる他ない。
それがここ数日、ナマエが深夜にチョコレート作りに勤しんでいた理由だった。
ケイローン先生と、それからマスターの分はマシュと一緒に食べられるように少し多めに。
そうやって手製のチョコレートを小袋に分けていた時だった。
「何してんだ」
「……ッ!!」
突如かけられた声にビクリと肩が跳ねる。
いやまさかこの声は、今最も聞きたくなかったものなのでは?
ゆっくりと振り向けば、あぁ、なぜこのタイミングなのかと頭を抱えたくなるその姿。
ナマエの想い人、ギリシャの英雄アキレウスその人である。
「こ、これはマスターに教えて貰った、バレンタインのチョコを作っていて……と、友チョコ!友チョコと言うんだ!!」
必死になりながらどうにか言葉を発すれば、アキレウスはふぅんとそのチョコレートを見つめる。
「……誰にやるんだよ、その友チョコとやらはよ」
「あ、あぁ。ケイローン先生とマスターの分と、後は世話になってるカルデアスタッフと他のサーヴァント何人かには……あ、アキレウスの分も勿論友チョコだ!」
そう言うと、アキレウスはとたんに不機嫌そうに眉根を寄せる。そして次の瞬間には、せっかく袋分けにしたチョコレートはアキレウスの口の中に消えていた。
そのまままた1つ、また1つと小袋を開けては口の中に放り込んでいく姿に、ナマエは何故と目を見開くしかない。
「ア、アキレウス!一体何をしているんだ!!」
慌てたナマエの静止の声も聞かずに、そのままチョコレートは全部アキレウスの胃の中に収められてしまい、欠片も残ってはいなかった。
「……悪かった。ご馳走さん」
そう零して、アキレウスはさっさとキッチンを出ていってしまった。
残されたのは突然の出来事に困惑するしかない己と、いくつかの空っぽの小袋。
「……よ、余っ程甘いものに飢えていたのだろうか」
その言葉は誰に拾われるでもなく、ナマエはただ立ちすくむのみだった。
カツカツと、何処か不機嫌そうな足音が薄暗い廊下に響く。
「チョコレート、私も楽しみにしていたのですがね」
そう掛けられた声に、足音はピタリと止まった。
「覗き見か、先生」
声をかけたケイローンは、おやと片眉を上げた。
普段の彼なら珍しいその声は、足音と同じく不機嫌さが滲み出ているものだった。
「いえいえ、貴方が口の端にチョコを付けていたもので
ナマエがチョコを渡すのは、友チョコなるものでも嫌だったわけですか」
ケイローンの言葉にアキレウスは口の端を舐めとると、1つため息をついた。
自分自身に対する呆れと、ナマエに対する罪悪感。
「……そりゃあ、嫌ですよ。というか全部友チョコだったからダメだった……てっきり俺は……」
「本命を貰えると思った、ですか」
図星だったのだろう。アキレウスの顔がぐっと歪む。
だって、そうだろう。自分は知っているのだ、ナマエが己の事を最後のその瞬間まで気にかけるほどに、愛してくれていたことを。
だからこそ、特別だと思ったのだ。
ナマエがくれるチョコレートは自分だけ特別なものなのだと。
けれど蓋を開けてみれば、自分も他と同じ友人の枠のまま。
それを知った瞬間、もうダメだったのだ。
「未熟ですね、貴方も。
いつまでも相手の好意の上に胡座をかいているのは、どうかと思いますよ」
あぁ、ケイローンの言葉がグサリとアキレウスの胸に刺さる。弓の腕も百発百中ならばこれもしかり。
「……とっておきのお返し、用意しときますよ」
「えぇ、それがよろしいでしょう」
相手が本命をくれないならば、こちらが渡すまで。
多くの寄り道をしてきたのだ、ならばあとは駆け抜けるだけだろう。