緩リクエスト募集
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『士郎〜、私にも抱っこさせてよ〜』
『藤ねぇ、雑に持つから嫌だよ』
本当の姉のように慕っていた彼女の声と、まだ幼い自分の声。
あの人がお土産にと買ってきてくれた栗色のテディベアを貰った当初は良く抱きしめて居たはずなのに、成長した自分がそうするには少し可愛らしすぎて、どこか気恥ずかしくて、いつしかただ棚の上に飾られるだけの存在になっていた。
もしかしたらあの人は、あのテディベアを本当は白い髪の少女に贈りたかったのだろうかと、今になってふと思ってしまう。それを思ったとて、どうすることも出来ないのに。
結局、棚の上に居たはずのテディベアは何処に仕舞ったのだったか。
いまだにそれを思い出せずにいる。
ふわりと顎先を擽る感触に、エミヤは瞼を上げた。
たいして寝心地が良いわけでもないだろう、己の胸筋を枕に穏やかな寝息をたてる少年の姿をしたナマエの姿を視界に収めて、そっとその栗色の髪を撫ぜてやれば、眠ったままの頬がふにゃりと緩んだ。
そこだけを切り取れば、さぞ穏やかな光景だろう。
シロウの上で眠るナマエの体はもうその殆どが崩れていた。
肘まであった右腕は最初から何も無かったかのように肩から抉れ、左腕も一の腕の半分が崩れている。
一部だけが崩れていた胸は腹にまで伸びるほどに広がり。
無事だった下半身でさえ今は右足は膝から下が、左足は脹脛の半ばまでが崩れ、シロウが抱えてやらなければ移動すらままならないまでに悪化していた。
それだというのに当の本人は抱えてもらえるのが嬉しいのか、常に笑みを浮かべながらシロウの首筋にすりすりと額を擦り付けていた。
そんなナマエの姿を見る度に、シロウはどうしたら良いのか分からなくなる。
崩れた箇所から覗くのは人間の様な血肉のそれではなく、まるで布か綿が経年劣化を経て崩れる様に似ていた。
これが人間の体であれば病院へ連れて行く事も出来たのに、ナマエにはそれがしてやれない。かといって魔術方面もあてにはできない。
下手な相手を頼ってしまえば、自体が悪化しかねないからだ。
「ナマエ」
そっと名前を呼ぶ。
この子が本当に「ドール」と呼ばれる存在なのだしたら、きっと助けられるのは「プレイ」である己だけなのに、肝心のその方法が分からない。
都市伝説の域を出ないその話をいくら調べても、知っている情報以外のものは出てこないし、そもそもとして資料なんてものもほとんど存在しない。
本来の玩具の、ぬいぐるみの姿であったならば新しい布をあてがって、中に綿を詰め直してやることが出来るのに、人の姿をしたナマエにはどうしたってそうしてやれない。
あぁ、だけど
きっと、エミヤはナマエが人の姿を得てこうして会い来てくれなければ、一生あの陽だまりの中の記憶を思い出すこともなかった。
紛争地帯で、心を、体を消耗させて、ただ正義のために戦い続けていただろう。
「ナマエ」
呼び声にふるりと瞼を震わせて、ナマエが目を覚ます。
硝子玉のようにキラリと光った瞳がエミヤを写して、ふにゃりと破顔する。
けれどそれも一瞬、エミヤの様子に首を傾げると残った左腕を慰めるようにエミヤの頬へ伸ばした。
何故だろうか、酷く泣き出しそうになった。
ナマエがこうならなければ思い出せもしなかった、酷い持ち主だというのに。
「......ごめん」
崩れる体を抱き締めて、そう零した。
謝ったとてどうするこもできず、ナマエもきっとこの言葉を求めてはいないだろうに。
それでも謝らずにはいられなかった。
柔らかな栗毛に鼻先を埋める。
瞼の裏に蘇る陽だまりの光景に、目頭にどうしようもなく熱が宿った。
「あぁ、ここに居たのか」
見つけたのはたまたまだった。
衛宮邸の使われていない押入れ、プラスチックケースや紙袋の束に紛れてそれは暗闇にちょこんと鎮座していた。
埃を被ってごわごわとした栗色の毛、中の綿も潰れてしまってくたりと丸い頭が垂れしまっている。
とっくに成人を越した男が持つにはほんの少し不釣り合いな可愛らしいそのテディベアを、アーチャー、エミヤは壊れ物に触れるかのようにそっと抱き上げた。
「......ナマエ」
名前を呼ぶ。
当たり前に返事は無い。
埃っぽい体を抱き締めて、ごわついた柔らかな綿の頭に顔を寄せた。