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あまり調子が良いとは言えない原稿の進み具合に唸るアンデルセンは、その耳にただいまの声が聞こえたのを良いことにペンを置いた。
「あれ、アンデルセン先生?お出迎えに来てくれたんですか」
「勘違いするなよ、俺は息抜きに珈琲でも飲みに来ただけだ」
ニヨニヨと嫌な笑みを浮かべるナマエにアンデルセンはふんっと鼻を鳴らして、ナマエの片腕に抱えられたそれに目を向けた。
「お前こそ、買い物帰りにとうとう運命に遭遇でもしたか」
へ、と間の抜けた音をこぼしてからナマエは直ぐに合点がいったようにあぁ、違う違う!と笑った。
「これ、自分で貰ってきたの。
いつも行ってるパン屋さんあるでしょ、そこの通りを真っ直ぐ行って突き当たりの右側にあるお家でね、ご自由にどうぞって置いてあったんだよ」
アンデルセンの知識にはない、柔らかな白い花の束。
それが他人からの贈り物ではなく、自分で貰ってきたものだと聞いて人知れず安堵の息を吐いて、それから苦笑した。
βのアンデルセンとΩのナマエ。
世の中には、βとΩで番っている人達もいる。
それでも小説家という生活の不安定性を、自身の性格を、報われなかったかつての恋心を、理由を探してはナマエのその項を真っさらのままにしているのはアンデルセンだというのに。
それでもそれに安堵と仄暗い独占欲を覚えている己がいることに、醜いな、と息を吐いた。
抱えていた花の1本を取る。
名前も知らない花。白い花弁は星のようにも見えた。
いつ、誰に教わったのかはもう覚えてすらいない。それでもその手は迷いなく緩くカーブを描く薄緑色の茎をくるくると丸めていく。
「ナマエ」
「ん?」
ナマエの左手をそっと掬い取る。
意外にも器用な手つきで作られたそれは花の指輪だった。
アンデルセンはそっとナマエの薬指にその花の薬指をはめた。
ぁ、と小さくナマエが声を漏らす。
サイズも緩くてその内に抜けてしまいそうで、もっと言うならきっと明日にでも萎えて枯れてしまうだろう花の指輪。
こんな物よりもっと良い本物の指輪がいくらでもあるだろうに。
それでも次の瞬間にはナマエが本当に嬉しそうに笑うものだから、アンデルセンは何も言えなくなってしまった。
「……ありがとう、アンデルセン。大切にする」
「……明日には枯れてしまうからな」
「うん、分かってる。それでもだよ」
項を噛む勇気も、本物の指輪を贈ってやる甲斐性もない男だというのに、それでもナマエはアンデルセンの隣で笑っている。まるで自分が一等幸せだというように。
だからアンデルセンはふとした瞬間、勘違いしそうになってしまう。
自分には存在しないはずの、運命なんて言葉を。
「今日の晩御飯は腕によりをかけちゃう!」
「全く安い男だな。お前は」
上機嫌にリビングへ向かうナマエの後に続く。
明日も、せめて花の指輪が枯れるまで、あの項が真っさらなままであればいい。
そんな祈りにも似た我儘を、アンデルセンは口内で噛み殺した。