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衛宮切嗣には兄がいる。
切嗣の記憶に残る兄はいつだって優しくて、穏やかな笑顔を浮かべていた。
そんな兄を、切嗣はひとり地獄に取り残してしまった。地獄から自分だけが生き延びて、兄のその後は今でも分からないまま。
あの日、マリアゴ島。
地獄の始まりは、幼馴染の少女の形をしていた。
血を流し、苦しみに喘ぎながら「殺して」という幼馴染の少女の願いを叶えられずに背を向け駆け出した。
兄なら、どうにか出来るかもしれない。
あの頃の切嗣にとって、兄は自分よりもずっと大人で、なんでも知っている凄い存在だった。だから勝手に兄ならば、と助けを求めたのだ。
兄だって切嗣と3つしか変わらない子供だったというのに。
「にいさん」
それでも兄は、助けを求めた切嗣を安心させるように微笑んでみせた。微笑んでみせてしまった。
きっと兄は知っていて、危惧していたのだ。父の研究がいつか最悪の事態を招くかもしれないということを。
「大丈夫だよ、切嗣。兄さんがいるから、お前は何処かに隠れてなさい」
兄はいつだって覚悟していたのだ。
そうなった時に、自分がどうすべきなのか。
パンッと鳴り響く乾いた銃声。
隠れてなさい、の指示を破って見たものは切嗣の代わりに少女の願いを叶えた、血に濡れた兄の姿。
「……にい、さん?」
漏れ出た声は震えていて、きっと酷い顔もしていたのだろう。
兄は傷ついたような、酷く悲しげな笑みを浮かべていた。切嗣が、兄にその顔をさせてしまった。
兄は未だ茫然自失状態の切嗣の手を引いて、小さな洞窟に彼を押し込めた。
「お前はここに隠れてて」
「兄さんは!?兄さんもここに居てよ!」
縋った手は兄を繋ぎ止める力などなく、代わりに兄は安心させるように切嗣の頭を少しだけ乱暴に撫ぜた。
「大丈夫、終わったら迎えに来るから」
そう言った兄の背を、あの日の切嗣はただただ見送るしかなかった。
血に濡れてなお、切嗣のために笑って見せた兄が戻ってくることは無く、それが切嗣が最後に見た兄の姿だった。
後になって共に島を脱したナタリアから、兄が父を殺したことを知った。
切嗣を守る為に、この地獄の責任を取るために。
残酷なまでに優しい人、大好きな人。
もう二度とあの悲劇を繰り返さないために。兄が救ってくれた命に報いるために。兄にとって誇れる弟であれるように。だから切嗣は血と硝煙の世界で、「正義」を求め今まで生きてきた。
だからその写真を見た時、思わず目を見開いた。
隠し撮りされた写真。
そこに写るのは島から自分を逃がし、生死も分からなかった兄の姿。
あの島で見た最後の姿より歳を重ね、青年から大人へ変わってはいたけれど、見間違うことなくその人は確かに切嗣の兄だった。
けれどその目が写しているのは、隣にいるのは切嗣ではなく見知らぬ男。
第四次聖杯戦争の参加者、冬木教会の神父であり、代行者。
「……言峰綺礼」
呟いた名前は自分でも驚く程に低い。
溢れ出るのは兄が生きていた事への驚愕と歓喜、そしてその隣に並ぶ男への怒り。
写真に映る兄の顔を、そっと指で撫でる。
「……兄さん」
自分を救ってくれた兄、地獄へ1人残してきた兄。
「迎えに行くよ、必ず」
兄の隣にいるべきは、この男ではない。
言峰綺礼を兄の隣から破き捨ててカチリとライターの火を近付ければ、端から灰になって燃え落ちていく。
半分になった写真、残る兄の姿に切嗣はうっそりと笑みを浮かべた。