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「ジョン・ドウ」
ポツリ、と目の前でそう独り言か、はたまた会話としてか落とされた言葉にナマエはちらりと視線を上げれる。
その言葉を発した当の本人は見慣れた、口元の前で両手の指を合わせる仕草で空を見つめていて、ナマエはため息を飲み込んでまた視線を下ろした。
「飲まないのかね」
今度は明確にナマエへと投げかけられた言葉だったが、ナマエはそれに対して口を結んだままだった。
テーブルの上にはカップが2つ。
白い器を満たす紅茶は注がれた時のまま減ることなく、ただただその温度だけを無くしていた。
「私は毒など入れないよ」
そう言った目の前の男、“シャーロック・ホームズ” に視線を向けることなく、でしょうね、と呟いた。
恐らく世界で最も有名であろう名探偵。
多くの謎を解明する人、正義か悪かで言えば正義側の存在。
自分達被害者がなぜ被害者となったのかを、そう成った事件を解決する人。
ナマエは彼を、彼らを嫌っている。もっと正確には嫌いというわけではないのだが、嫉妬や羨望なんかの複雑な感情が混ざったそれを上手く表現する事も出来ないので嫌い、で済ませている。
まぁ要するに、被害者である自分達を救ってはくれない存在に対する酷い八つ当たりなのだ。
それを自覚しているからナマエはこの目の前の探偵と余り顔を合わせたくないのだが、ホームズの方はそんな事お構い無しに気が付けばナマエに話しかけてくるのでナマエとしては大変迷惑な話であった。
「君という存在は多くの被害者が集まって1基となったサーヴァントだ。イーノック、チャールズ、マクファーソン」
淡々とホームズの口から並べられていく名前に思わず顔を顰める。
その名前のどれもがナマエのものであると同時にそうではない。
「私が関わった全ての被害者達の名前を出しても構わないが、それは本題でないのでね」
手に取ったカップの縁を指でなぞる。
自分が何処の誰なのか、どんな事件に巻き込まれ、どんな終わり方をしたのかをナマエは覚えていない。
ナマエという名前でさえ、それが本当に自分の名前なのかも知らない。
「ジョン・ドウ、もしくはジェーン・ドウだが、君の場合は“ジョン”の方がより正しいのだろうね」
「貴方にとっての“ジョン”はもう別にいるでしょう……」
その返しにシャーロックが片眉だけを上げたのを、器用な男だなとぼんやりと思いながら紅茶を一気に喉へ流し込んだ。
「俺の名前なんて、別にどうでもいいでしょう」
そのまま立ち上がろうと浮かしかけた腰は、手首を掴まれたせいで半端な位置で止まってしまった。
これが某犯罪コンサルタントならば大変な事になっていただろう。勿論腰の話である。
「私はそうは思わないよ」
静かな声音と共にホームズの親指がするりと手首の内側をなぞっていくのを、歪んだ顔で見つめた。
「……いくら貴方でも、全員の名前を推理するなんて不可能でしょ」
「ふふ、そうかもしれないね」
ぐい、とホームズがナマエの腕を引く。
強制的に近付いた顔、ばちりと音がなりそうな程に彼のオリーブ色の瞳と視線がぶつかった。
「それでも必ず解いてみせよう」
そう言って笑った探偵の腕を無理矢理解くと、今度こそ彼から離れる為に立ち上がって背を向けた。
「俺を暇潰しに使うな!!」
そう言い残して去っていく背中にぽつりと「暇潰しの為だけではないんだがね」と零す。
猫の威嚇が如く毛を逆立てている今のナマエにホームズが何を言っても無意味なのだろうが。
ただただ純粋に本当の名前を呼びたいだけなのだと言えば、彼はどんな顔をするのだろうか。
やっぱり嫌そうに顔を歪めるのだろうな、と考えて探偵はそっと口角を上げた。