緩リクエスト募集
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岸波白野はカルデアの一室でその人物を視界に収めると、1つ息を吸い込み口を開いた。
「こんにちは、ナマエさん」
「あれ、こんにちは、白野くん」
何か作業をしていたのか、かけられた声にタブレットから視線が上がるとその瞳が白野を捉えて緩やかに細められた。
「すみません、作業の邪魔しちゃいましたか」
「ううん、ちょうど休憩しようと思っていたところだった」
何かと忙しいカルデアスタッフの1人であるはずなのに、タブレットの電源を落としてそうナマエは微笑んで見せた。
その気遣いが、穏やかな笑みが、遠い学園で見た姿と何も変わらなくて、妙に嬉しくなった。
白野はナマエを知っている。
正確にはナマエであってナマエではない、別の、ここではない遠い月での話なのだが。
いくべき道が分からずに、ぼんやりと過ごしていた白野を見守ってくれた優しくて、温かな、陽だまりの様な人。
「何か俺に用事かな?」
「いえ!何って訳じゃなくて、ただ俺がナマエさんと話がしたくて……」
こうして面と向かって言うと恥ずかしいな、と顔に熱が集まってしまう。
そんな白野を見てナマエが微笑ましげにくつくつと喉を鳴らしていて、「先輩」なんて呼ばれている自分はこの人の前では見た目通りあの頃と同じ様に学生として子供らしく写っているのかと、それがほんの少しも意識されていないようで悔しいような、だけどただ1人の人として見られていることが嬉しいような、それでいてどうしようもなく懐かしいようか、いつだってほんの少し複雑な気持ちになってしまう。
「俺も、白野くんとお話したいと思ってた」
自分の言葉が電子の心を震わせているだなんて、ナマエは知りもしないのだろう。
その度に白野は自分の魂が有り続けられて、良かったと心底思うのだ。
単純で、些細な言葉の一つ一つに。
「作業が長くなると思って、休憩用にお茶のポット持ってきてるんだ」
とぽとぽと注がれたそれはまだ湯気を上げていて、受けっとった紙コップからじんわりと指先に熱が伝わる。
いつか、あの月の学園での話を貴方にしてもいいだろうか。
電子の月を駆け抜けて、懸命に己の魂と向き合ったあの日々を。
月の貴方も、ここに生きている貴方も変わらずに、白野の大好きな貴方であるのだと。
きっとそれを話しきってしまうには、この紙コップ1杯のお茶ではどうにも足りないけど。
それでもいつか、いつか伝える事が出来たら嬉しいと思う。
そうして今はほんの少しでもこの時間が長引くように、白野はゆっくりとお茶に口付けた。