緩リクエスト募集
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間違えたのだと思った。
日を浴びて白く輝くドレスにはたっぷりとしたフリルと花柄のレース、ふわりと香る花の香水。
多くの人の祝福の声を一身に浴びながら幸せそうに微笑む女性の姿を目に焼き付けながらローレルは自身の性を呪った。
「互いに都合がいいだけだ」
黒鋼に身を包んだ騎士はそう冷たく告げた。
アグラヴェイン、ローレルの婚約者。ローレルの“夫”となった人。
アグラヴェインにとって重要なのは、ローレルの家が持つ広大な土地と肉体関係の不必要さ。他人を、特に女性を毛嫌いしている節があるアグラヴェインにとってローレル程都合の良い相手はいなかった。
そんな愛のない婚姻関係であったとしても、アグラヴェインがローレルの在り方を否定した事は1度もなかった。
それにどれ程救われたのか、きっと彼は知らないのだろうけれど。
そうしてローレルはアグラヴェインに恋をした。
何か特別なきっかけがあったわけではない。
ただじわりじわりと滲むように、彼に恋をした。
例えそれが報われない恋なのだとしても、それでもローレルは幸せだった。
膨らみの一つもない硬い身体を柔らかなドレスで身を包んだ歪な己が、隣へ立つ事を許してくれた。
どう足掻いても届かないと諦めていたあの日の憧れ。
瞼の裏に焼き付いて離れなかった光景。
「これを」
白と薄紅色でまとめられた花束を差し出して、どこか常より硬い声で彼はそう口を開いた。
「我が王が、偶にはそれらしいことをしろと」
敬愛する王に言われたから、眉間に皺を寄せた彼は傍から見れば酷く渋々といった、不機嫌そうに見えるのだろう。
けれどその顔とは似つかわしくない丁寧な手つきで花束を抱えていることを、ローレルは彼と過した月日の中で気が付いていた。
「この花はお前に……似合うと思った」
「アグラヴェイン様が選んでくれたのですか」
不満か、と眉間の皺を更に深くした彼にローレルはゆるりと首を振った。
カスミ草と薄紅色のガーベラ。
男に贈るには可愛らしいその花束を、似合うと言って選んでくれたアグラヴェインにローレルの胸がきゅう、と締め付けられる。
「とても、とても嬉しいです」
受け取った花束を崩さないように慎重に抱き締める。
利害関係なのだとしても、そこに愛など無かったとしても、それでもローレルは確かに幸せだったのだ。
「ローレルッッ!!」
崩れるローレルの体をアグラヴェインが抱き留める。
ごぽりと口から溢れる血。
強烈な痛みを感じながら、それでもローレルは笑みを浮かべた。
ありがとう、私を“妻”にしてくれた人。
貴方の命を永らえるために私の命を使えたのなら、それに勝る誉れはありません。
“愛してる”とは言えなかった。
彼の心にほんの僅かにでも、重りを残してしまう可能性があるのならばこの想いは閉ざすと決めていた。
不器用で心底分かり辛くはあるけれど、確かに優しさを持っている人であると知っていたから。
だから代わりにローレルは残された時間ありったけの感謝の言葉を遺す。
刺客に対して冷静に部下達へ指示を出しながら、それでもアグラヴェインがローレルを抱く手を緩める事はなかった。
その事に僅かに安堵を覚えると共に、手を煩わせてしまって申し訳ないな、とも思う。
「ローレル」
囁くような声がローレルの耳に落とされる。
アグラヴェインの低い声が、ローレルは好きだった。
「お前は、」
その先の言葉は聞こえなかった、それともただ口に出さなかったのか。
もうローレルには判断が出来なかった。
恋も愛も告げる事は出来なかったけれど、望む姿で彼の隣に居る事の出来た日々に、彼を守って彼の腕の中で終われた最期に、ローレルはようやく自分の性すら愛する事が出来たのだった。