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会話を邪魔しない程度に流れるジャズとシンプルながらセンスの良いインテリア、質は勿論ながら種類も豊富に揃えられた酒類の並ぶこのバーはクルーウェルのお気に入りの店の1つだ。
そんなムード満点の店でただ1人、ひぐひぐと喉を鳴らしながらカウンターで項垂れる隣の男を横目に、クルーウェルは螺旋状のレモンの皮が浮かぶ琥珀の液体に口付けた。
「ま、またフラれた〜〜ッッッ……!!」
情けない言葉と一緒に、夕暮れを思わせるカクテルを情緒もなくぐびりと喉に流しこむこの男の名前はナマエ。
クルーウェルの学生時代からの友人である。
「思ってたのと違ったって……!!なにが違ったっていうんだよ〜……」
「お前はいつもそれだな。少しは学習したらどうだ」
友人からの辛辣な言葉にナマエはグゥッ!という呻き声を上げてカウンターへと突っ伏した。
クルーウェルがナマエの失恋話を聞くのがこれが初めてでは無い。そして毎回フラれる理由も同じ。
“思ってたのと違う”
告げられる台詞に多少の差異はあれど、大概過去の恋人達はそう言ってナマエから離れていった。
ナマエは見た目だけなら色気漂うミステリアスな美人、といった風貌で、スラリと通った鼻筋に影を落とすほどに長い睫毛、ふっくらとした下唇がカクテルで濡れてバーの薄暗い照明の下で輝く様はくらりとするほどの色気があった。
だが中身はそれとはほど遠い。
口を開けばこうして恋人にフラれたことを酒を煽りながら情けなく眉を下げて友人に嘆く、色気やミステリアスとは真逆なのだ。
最初は恋人の理想とする自分を演じて献身的に尽くすのだが、それでも長く付き合っていればいつしかボロが出てくる。
夜景の見えるレストランよりファミレスの方が色んな種類の料理が食べられて好きだし、ショッピングデートも楽しいけどピクニックや遊園地デートの方がもっと楽しいし、腕を差し出してエスーコートするのも好きだけどたまには手繋いで歩きたい。
そうして歴代の過去の恋人達にそのギャップが受け入れてもらえずに毎度別れを告げられては、クルーウェルの元へ泣きつくのだ。
「馬鹿め」
泣きながら度数の高い酒を何度も煽り、すっかり酔い潰れてカウンターに突っ伏すナマエの頭をくしゃくしゃと撫でながらクルーウェルはそう呟いた。
それは何度も同じ理由でフラれる見る目のないナマエに対してか、見た目だけを見てナマエの本当の魅力に気付けない愚かな“元”恋人達に対してか。
褒められて浮かべる仔犬のような笑顔も、撫でられた手に擦り寄る姿も、1度心を許した相手にはいじらしい程に尽くす姿も、全てがナマエの魅力でしかないというのに。
まぁ、それを律儀に教えてやる理由もないのだが。
迷惑をかけた、と一言マスターに告げて2人分の支払いを済ませると、クルーウェルはすっかり寝落ちしているナマエの体を抱き上げてタクシーへと乗り込んだ。
行先は勿論、クルーウェルの家である。
ぼふりと少し乱雑に自室のベッドへナマエの体を投げれば、薄らと開いた瞳がクルーウェルを写した。
「くるー、うぇる」
舌足らずに自身を呼ぶナマエに知れず甘やかな笑みが浮かぶ。するりと頬を撫ぜてやれば擦り寄るように頭が動いて、また直ぐにくぅくぅと穏やかな寝息が聞こえ始めた。
頬から喉へ、撫ぜていた指を下げていく。
「そろそろ首輪でも付けるか」
クルーウェルとナマエは友人だ。
ただクルーウェルにとっては、“今は”という一言が頭につくが。
ナマエはクルーウェルが教師で何だかんだと昔から面倒見がいい故に付き合ってくれていると思っているのだろうが、デイヴィス・クルーウェルという男はいくら友人と言えどフラれて泣きついてくる男に毎度律儀に付き合って世話を焼いてやるほど親切な人物ではない。
つまるところ、クルーウェルは下心を持ってナマエのそばに居るのだ。
少しづつ、少しづつ、ナマエも気付かない内に着々と囲い込んでいく。
そうやってナマエがフラれて泣いて傷ついた時に1番初めに頼られる地位にまで来たのだ。
だがそれももう今回が最後。
「こっちはまだ先だな」
持ち上げた左手の薬指、そこにそっと口付けた。