5周年リクエスト記念
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恋するナマエがモリアーティから離れてまる1年。
心機一転、都心から離れたイギリスの片田舎でナマエは今現在老夫婦の営む小さな喫茶店で働いていた。
「ただいま戻りました!マスター、買い出し終わったよ。八百屋のおっちゃんが良い林檎が入ったからっておまけしてくれた」
「あぁ、おかえり。この歳になると店の買い出し1つでも一苦労だからね。ナマエくんが来てくれて助かってるよ。町の皆とも随分と仲良くなったね」
「そうですね。林檎はアップルパイにでもして出しましょうか」
暖かな午前の陽の光が射す喫茶店での会話は、何とも朗らかだ。
モリアーティから離れることだけを考えていたせいで、ほとんど何も持たず、知り合いもいないこの小さな町でどうしようかと途方にくれていたナマエを拾ってくれたのが、この喫茶店の老夫婦だった。
何も聞かず、ただナマエを温かく迎え入れてくれたここでなら、モリアーティへと恋心を少しづつかつての思い出に変えていけるのではないかとそう思った。そう思っていたのだ。
優雅にマスター特製の珈琲へと口付けていた客の1人がナマエの方を向く。
「やぁ、久しぶりだね、ナマエ」
別れた日から少しも変わらない笑みを浮かべてこちらへ手を振る居るはずのないモリアーティの姿に、ナマエははくりと息を吐いた。
「どうして、なんて言いたそうな顔だね。まぁ、座りたまえ。お店の人には許可をとってあるとも」
そう彼の目の前の席へと促されて、なんとか席に着いた。
ナマエには、何故彼がここに居るのか本当に分からなかった。
だって、モリアーティという男はきっと自分から離れていった友人に、それも自身に対して面倒な感情を抱く友人なら尚更、わざわざ探し出して会いに来るようなことはしない。
ナマエの知るモリアーティという男はそういう人物だ。
驚きで固まるナマエを前に、モリアーティは苦笑を漏らすとまた静かにカップへと口をつけた。
「私自身もね、驚いているとも」
驚いている、と言う割には彼はどうにも常のように落ち着いているように見えたがナマエはただ黙って続きの言葉を待った。
「私はね、君がいなくともこれまでと何ら変わりなく過ごしていける」
その言葉につきりと胸が痛む。
ふっと、モリアーティの視線がナマエを見つめると、ほんの少し困ったように笑った。
「けれどね、君に会えないと寂しいんだよ」
モリアーティはきっと##ナマエ#の気持ちに気づいている。
けれどそれでも縁を切りたくないのだと、寂しいのだと言ってくれたのだ。あのモリアーティが。
ナマエは頭が悪い。頭が悪くて単純だから実ることはなかった恋心がけれどその言葉だけでもう報われてしまったような気がしてしまった。
あのモリアーティが自分に会えなくて寂しいと、ただそれだけで会いに来てくれたことが嬉しかったのだ。
「あはは、そっか、寂しいのか!それじゃあ仕方ないね」
「うん、そうだ。これは仕方のないことなのだよ」
そう言って2人して顔を見合せて笑う。
何か秘め事のように、特別な事でもあったかのように。
ナマエはそうしてようやく、自身の恋心に区切りを付けるとことが出来たのだった。
その日を境にモリアーティは度々喫茶店へとやって来ては、日当たりの良い窓辺の席で珈琲を飲んで帰るようになった。
老夫婦はナマエとモリアーティが友人であることを知っていたので、彼が来ると特別に休憩を入れてもらって2人でたわいも無い日常の近況を話して、それから駅までの短い道のりをモリアーティを送っていくのがささやかなナマエの幸せになっていた。
けれどそのささやかな幸せは、唐突に終わりを告げた。
見出し一面に書かれたとある大学教授と探偵の死と、それからナマエへとあてられた一通の手紙。
それだけを残して、モリアーティは二度とナマエの前へと現れなかった。
“ 拝啓 ナマエ様 ”
その一文から始められた手紙を何度も読み返しては、そっと鍵付きの小箱へとしまい込む。
誰にも見せることはしなかった。それはたとえ探偵を名乗る男がやって来ても。
だってあれは、大学教授としてでも、悪のカリスマとしてでもない、ただのジェームズ・モリアーティからナマエへと送られた手紙だ。
ナマエとモリアーティだけの手紙だったから。