キリ番リクエスト
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その日、七海健人は任務関連書類の受け渡しのために高専を訪れていた。
今どき紙ではなく、全てデータ化して電子機器でやりとりして欲しいものだが、如何せんこの界隈を仕切っているのは頭の固い懐古主義の古狸達が大半なのだ。
任務終わり、それも時間外労働までして更に何故そこに更に時間外労働を重ねるような真似をしなくてはならないのかと、重なるストレスに小さくため息を吐きながら廊下を歩いていれば、ふと前に見慣れた姿が見えた。相手もこちらに気付いたのだろう、パッと顔を輝かせて小走りで七海の方へとやって来る。どこかその姿に一瞬SNSで流れてきた柴犬だかコーギーだかの犬が被って見えて思わず眉間を揉んだ。疲れているに違いない。
「こんにちは、七海さん」
「こんにちは、ナマエくん。貴方も任務終わりですか」
ナマエというのは七海の呪専時代1つ下の後輩で、今は七海と同じ1級の呪術師をしている。呪専時代、色々とあって当時はあまり交流といった交流はしていなかったが、呪術師として復帰した今は先輩後輩として良い関係を築けていると思う、そんな人物の1人だった。
七海の言葉にナマエが頷いて、なんとはなしに2人で歩き出す。
「さっき任務終わって、それで潔高もさっき仕事終わってこれから帰りだって言うから、一緒に帰ろうって、今家入さんのとこに居るから迎えに行くとこです」
そう言ってご機嫌に笑うナマエの様子に、七海の口角もふっと上がる。
「相変わらず仲がよろしいんですね」
仲が良い、という言葉にナマエは頬を染めて仲良しです、と笑う。
補助監督の伊地知潔高とナマエは呪専時代の同級生で2人はとても仲が良い。なんなら同棲までしているこの2人は裏で呪術界の清涼剤だとか癒し組とか言われていたりするのだが、伊地知が知れば萎縮しかねないので皆黙っている。この2人には健やかに過ごして欲しい。
そんな風にナマエの近況、という名の主に伊地知の話を聞いていればいつの間にか家入が在中している医務室にまで来ていた。
七海は特に用はないのだが、ここまで来たなら家入に挨拶していくかと、医務室に入っていくナマエの後に続いた。
本音を言うとナマエと伊地知の絡みが見たい気持ちが7割を占めている。
「潔高、迎えに来た!」
「ナマエくん、すみません、待たせてしまいましたね」
伊地知の手に書類の類があったからだろう、抱き着きこそしなかったが駆け寄る姿は完璧に主人を迎えに来た犬だった。
ふわふわとしたお花のエフェクトの幻覚を横目に抑えながら家入に声をかけるが、家入も七海がここに来た目的の殆どは伊地知とナマエだと分かっていたので、こいつ相当疲れてるなと内心思いながら軽く手を挙げて返すに留めた。
「怪我もなく会うのも久しぶりだからな、ちょっと珈琲でも飲んでいくか?」
まぁ、本音を言うと徹夜3日目の家入も2人の癒しパワーを浴びたい方の人間だっただけなのだが。
珈琲にミルクと砂糖、お茶請けはいつだかに五条が置いていった鼓月の千寿せんべい。
いただきます、の言葉と共に嬉々として千寿せんべいを食べるナマエを伊地知が微笑ましげな目で見つめた。
ナマエの実家は代々続く呪術師の家系なのだが、やはりというか中身は腐りきっていてろくな扱いを受けていなかったナマエの標準よりずっと軽い体重を心配して呪専時代から何かと世話を焼き支えてきたのが伊地知だった。その伊地知のサポートのかいもあって今は健康面も精神面も医者の家入お墨付きと言えるほど安定していた。
「ナマエくん、私の分も食べていいですよ」
「ありがとう、潔高。じゃあ半分こしよ!」
ぱきり、と半分この千寿せんべいを食べる2人の姿に家入と七海はそっと目を閉じて息を吐いた。日々命の駆け引きの中、時に呪霊、時に呪詛師と戦い、腐りきった上層部に揉まれる事が常の中で際立つほわほわの癒し空間。こんなほのぼのとした気持ちになったのはいつぶりだろうかと珈琲に口付けながら思う。
例えるならば毛繕いし合う猫とか、戯れる大型犬と小型犬を見た時の気持ちに近い。
時間外労働と徹夜した脳に効く。
けれどそんなほわほわとした空気を切り裂くように、ピリリリリリと高い電子音が響いた。
音の出どころは伊地知の仕事用スマートフォンだったようで、すみません、と一言伊地知はスマフォを片手に席を立った。
どこのどいつだかは分からないが、癒しを壊した全くもって空気の読めない電話口の相手に七海と家入の眉間にシワが寄った。
「あ、五条さん、どうかされましたか」
いや、五条お前かい!!
思わず力が入ってガタリと揺れた椅子にナマエがきょとりと首を傾げた。
「え、はい、今からそちらに、ですか」
いつもの五条の無茶ぶりなのだろう。
多忙な2人が一緒に過ごせる時間は呪専時代から比べて減ってしまって、久しぶりに2人で帰れる予定だったと言うのに呼び出しを食らった伊地知に先程までご機嫌だったナマエの眉がしゅんと八の字に下がる。
それでもちらりとナマエへ視線を向けた伊地知へ、彼が変な気を負わなくていいようにと自分は大丈夫だと健気に笑みを浮かべたナマエに、七海と家入は同時に立ち上がった。
「伊地知、携帯貸せ」
伊地知が返事をするより早く家入が伊地知のスマフォを半ば奪うように手にする。
その間に七海は珈琲カップを片付けてナマエを立たせて背中を押した。
「五条、私だ。伊地知の今日の仕事はナマエと一緒に帰ることだ。
分かったら私達の癒しを奪うな五条、空気を読んで他を当たれ」
「そういう事ですので、五条さんの事はお気になさらず2人は帰って大丈夫ですよ。むしろそうして下さい」
五条が何やら言っていた気がするが、無視してスマフォの電源を落として伊地知へ返した。
あの五条悟に対してこんな雑な扱いが出来るのは、良くも悪くも家入だけだろう。
「七海も言ったけど、五条の事は気にするな。私が言えたことでもないけど、伊地知もナマエも働きすぎだ。今日は2人でもう帰れ。それで私達に写真を送れ、ご飯食べてるところとかツーショットで送ってこい。それが今日最後の仕事だ、いいな?」
珍しく圧の強い家入の言葉に押され気味に伊地知は頷いた。
何故ツーショットを送るのかは分からないが再び一緒に帰られることになって嬉しいのだろうナマエが、小さく伊地知の袖を引いてふにゃりと笑っていたのでまぁいいか、と頭を下げた。伊地知も伊地知でやっぱりナマエと帰れるのは嬉しかったのだ。
「それではありがとうございました。お先に失礼します」
「えっと、家入さんも七海さんも、また任務で!」
ニコニコと仲良く帰っていく後ろ姿。
ぱたりと閉まった扉に、七海と家入はどちらともなく空を見上げて息を吐いた。
「あの2人は一生仲良くしてて欲しいな」
「ええ、分かります」
しみじみとそう呟く。
数時間後、伊地知から送られてきた2人でうどんを食べている写真を見て、同時刻お互いそれぞれの家でやっぱり空を見上げて息を吐いていた。
それは俗に言う、推しを見た時のオタクに近しいものだったが、それにツッコむ人間はいなかった。
というかあの2人を見た人間はだいたいこうなるので皆同じ穴の狢なのである。
一生仲良く2人でうどん食べてろ。