特殊リクエスト企画2
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Ωのバース性を持つ人間は、望まぬ番関係を結ばれてしまわぬ様に対策として首に首輪の様な保護具を付けていたり、発情期を抑え込む抑制剤を服用している事が多々ある。
それはΩという性が、性的に見ても社会的に見てもいまだに弱い立場にあるためだ。
1度番関係を結ばれてしまったΩは、自分から解消することは出来ず、一方的にαから捨てられてしまった場合も二度と他のαとは番えずに苦しみ続けることになってしまう。
そういった背景があるからこそΩは自分を守る手段として、そういった自衛をとっているのだ。
それだというのに、これはどういう事なのだろうか。
肩で息をしながら慌てて開けた扉の先、呪術高専の医務室からはふわりと微かに、けれど確かに存在を主張するように漂うフェロモンの香りは、Ω特有の発情期のそれだった。
そのフェロモンの持ち主であるΩは、ぐったりとした様子でベッドに寝かされていて、伊地知は息を呑んだ。
「……ナマエ君」
「遅かったな、伊地知」
かけられた声にハッと我に返る。
治療をしていたのだろう家入がよっ、と片手を上げていた。
「安心しろ、今は落ち着いて眠ってる。誰かに襲われた形跡もない」
家入の言葉に、ホッと息をつく。けれど直ぐにこうなってしまった原因を思い眉間にシワが寄った。
発情期が訪れたナマエは、抑制剤も保護具も付けていない無防備な状態で任務に駆り出されその先で倒れたのだと。その連絡を聞いた時、伊地知は本当に生きた心地がしなかった。
伊地知も家入もαだが、発情期であるにも関わらずナマエのフェロモンはとても薄い。
本来のΩのフェロモンは勿論個人差はあれど、孕ませる立場であるαを同じく発情期へ誘発させる為のものだ。
家入は医者である為にある程度制御する術を持っているのだろうが、持っていない伊地知でさえ誘発されること無く自力で抑えられてしまう程に弱々しい。
「薬か呪具の類かはまだ分からんが、無理矢理発情期にさせられた形跡があった。元々ナマエは幼少期からのストレスと発育不足で発情期も短いし、フェロモンも薄かったからこの程度で済んだのが不幸中の幸いだったな」
その説明に伊地知は痛々しげに顔を顰めると、壊れ物に触れるかのようにそっとナマエの手を握った。
ナマエは伊地知の数少ない、というかたった1人の呪専時代の同級生であり、そして現役で活動する呪術師としては珍しいΩだ。
呪術師として活動している多くはα、もしくはβが一般的だ。勿論、呪術師の家系にもΩは生まれる。けれど、その発情期などの厄介な体質、αの子を産みやすいという点から呪術界の中でΩの立場は一般社会に比べずっと低く、次の世代により強い子を成す為だけの道具として利用される事が殆どで、ナマエの様に表で呪術師として動いているものは珍しいのだ。
ならば何故、ナマエが呪専に入学し呪術師となったのか。
それは五条悟の存在があったからだ。
ナマエの家の人間はΩのナマエを呪専に入学させる事でαの五条悟と関係を築かせ、欲を言えば子供を産ませようと考えたのだ。
家をより強く発展させ、五条家の血を取り込むための道具として利用されたナマエは、それでも一般家庭出身故に偏見のなかった伊地知との交流や五条の助けがあって家から距離を置き、今呪術師として活動している。
そういった背景がある為に、伊地知は唯一の同級生という以上にナマエを気にかけていたし、周りもそれを理解してくれているからナマエに何かあった際は伊地知に連絡がいくようにしてくれていた。
今回の件だって、きっとナマエの家が関係しているのだろう。
「きよ、たか……?」
ゆっくりと瞼が持ち上がると、強制的な発情期の影響かとろりとした瞳が顔を覗かせて伊地知を捉えた。
「目が覚めたんですね。気分はどうですか」
「ん、へーき」
まだ熱が宿ってほんのりと熱い頬を撫でると甘えるように擦り寄ってきて、伊地知はそこでようやく安心したように目を細めた。
「私は報告書準備してくるから、頼んだぞ伊地知」
そう言ってひらりと手を振り医務室を出た家入は、言葉にこそしないものの2人を気遣っているのだろう。
家入は何だかんだと昔から、この後輩2人には優しかった。
パタンと静かに扉の閉まる音。
2人きりになった医務室で、ナマエは不安気な顔で口を開いた。
「ごめんね、潔高。仕事中だったでしょ……その、おれ、もう」
きっと大丈夫だから、と続くはずだったであろう口を掌で覆った。
伊地知の行動にナマエがきょとりと目を瞬かせる。伊地知はどうしても、ナマエから大丈夫、だなんて言葉を聞きたくなかったのだ。
「貴方は悪くない。ナマエ君は被害者だ。だから、謝らないで。もっと僕に頼ってください」
戦闘とか駄目だけど、なんて笑う伊地知に釣られるようにナマエも笑みを浮かべた。
その頭を髪を梳くようにして撫でてやる。
「ナマエ君の事が、大切なんです」
「おれも、伊地知のこと、大切だから」
ふにゃりと、泣きそうな顔で微笑むナマエが愛おしかった。
ナマエが誰かの番にさせられてしまっていたらと、ナマエの顔を見るまで不安で、本当は自分がナマエの番になってナマエの事を守りたいのだと、そういう意味で大切なのだと言ったら、その時もこうして同じ言葉を返してくれるのだろうかと、自分の胸の底にも宿る確かな熱に蓋をした。