特殊リクエスト企画2
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ゴウゴウと鼓膜を叩く音、肌を突き刺す熱と視界を埋め尽くす赤。
あの日、あの時、後輩たるマシュの手を握ったのは自分だった。
なら、一体誰が自分の手を取ってくれるのだろうかと、ほんの少しだけ心の柔い部分が問いかけるのだ。
目の前から歩いてきたとあるカルデア職員の姿を視界に収めて、最後のマスターたる藤丸立香はひっそりと胸を高鳴らせた。
「おはよう、藤丸さん」
「おはようございます、ナマエさん!」
日課の挨拶と、それからちょっとした立ち話をして別れる。
たったそれだけの交流が、立香にとってとても貴重で大切なものだった。
あ、ナマエさん、髪の毛後ろの方がちょっと跳ねてる。寝癖かな?可愛い。なんて。
藤丸立香はカルデア職員のナマエという男に恋をしていた。
きっかけは本当に些細なことだった。
「おかえり、藤丸さん」
ふわりと香る甘い匂いを纏わせて、柔らかな笑顔で立香にそう言った彼の名前が知りたくて、Dr.ロマンに尋ねたのだ。
「あぁ、ナマエのことだね」
ナマエは魔術師の家系では珍しい、Ωでありながら優秀な人材としてカルデアにスカウトされる程のエリート。
魔術師の家系において、Ωという存在は次代へ優秀な子を残す為であったり、そういう弱い立場にある事が多いのだ。そんな中でナマエという男はひと握りの才能と多大な努力でここまでのし上がってきたのだという。
一般家庭出身で尚且つ対極の存在であるαの立香にはその苦労を想像することしか出来ないが、それでもただ純粋に彼に尊敬の念を抱いたのが始まりだった。
ナマエはいつも、帰還した立香に「おかえり」を言ってくれた。
それはマシュやダ・ヴィンチちゃん、他の職員だって言ってくれるもののはずなのに、柔らかな笑みで、怪我をした時には慌てて、勤務中の真面目な横顔、それからちよっと抜けてて意外にドジっぽいところ。
気が付けば目で追っていて、α避けのガードが巻かれた項を見ては小さく息を吐いていた。
そうして立香は、恋を自覚してしまったのだ。
立香は今まであまり性、というものを意識したことがなかった。
それは男女のそれだったり、αだったりβだったりΩだったり。
けれど立香は今、自身が女のαで心底良かったと思っている。
(ナマエさん)
口の中で小さくその名前を転がす。
彼は男でΩ、立香は女でα。こんなにもぴったりと2人は合わさるのだ。立香にとってこれ程喜ばしいことはない。
貴方の項を噛みたいのだと言ったら、ナマエは一体どんな顔をするのだろうか。
αに噛まれないように、望まぬ番関係にならぬようにガードを付けているのだから、番はいないのだろう。
噛み跡のない、まっさらな項を想像して無意識に喉が鳴ってしまった。
他のΩに会った時には、こんな風にはならなかったのだから、やはりナマエだけが特別なのだろう。
命懸けのマスター業をしている立香だって、ちゃんと思春期の10代の女の子なのだ。
好きな人のこととなれば、それなりに色々と敏感になってしまうもので、ナマエが去った後の廊下にはΩのフェロモンのせいなのか、はたまたナマエ自身のものなのか、やっぱり甘い匂いが残っていて、すん、と小さく鼻を鳴らした。
好きな香りだな、なんて。
カルデアに来る前、学校のクラスメイトが運命の番について話していたのを思い出す。
『藤丸さんって、αなんだよね?じゃあ、いつか運命の番と出会ったりとか!』
キャアキャアと当の本人である立香より盛り上がるクラスメイトに、その時立香はどう答えたのだったか。
そんな相手が本当にするのだとすれば素敵だな、なんてその程度に軽く思っていた気がするが、今は違う。
ナマエの運命が、自分だったら良いのにと、琥珀色の目が熱を宿して、ごうごうと燃えている。
自分はこんなにも欲深い人間だったのだろうか。
「おはようございます、先輩!」
後ろからかけられたマシュの愛らしい声に笑みを乗せて振り返る。
「おはよう、マシュ!」
全部やり遂げてマスターでなくなってしまっても、恋したあの人は自分に笑いかけてくれるだろうかと、その前に項を噛んでしまえたらどれ程良いだろうと考えてしまう自分はきっと、悪い子なのだろう。