特殊リクエスト企画2
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物心着いた時からずっと、違和感がこびり付いている。
『間桐慎二』
自分にとってそれは画面の中の、或いは紙の上、文字の羅列によって形作られたキャラクターであったはずなのに気が付けばそれが自分の名前で与えられた役割になっていた。
どうして、と泣いて喚いて疑問をぶつける相手は何処にもいなくて、終わりにしたいと空に身を投げ出しても、手首を切ってもこの役目から抜け出せないことに気が付いてから、ただ胸中に燻る苦く重い吐き気を堪えながら生きていくしか無かった。
「慎二」
かけられた声に振り向く。
臓硯の黒々とした目が此方を見つめていて、微かに震える手がバレないように無心を装って返事をした。
「お前の価値は優秀なαの子を孕む事だ。分かっているな?」
何度も言われてきたそれは、存外にそれ以外自分に価値は無いのだと刷り込まれていくようで、けれど逆らう事など出来はしなくて小さく「はい」と従順に肯定の意を返す他に選択肢はなかった。
この世界は、自分が知っている世界と1つだけ違う事があった。
バース性なる第2の性が存在する事。
βやαなら良かった。けれどそれさえも与えられたのはΩという間桐臓硯にとって孕み腹としての価値しかないもので、ただただ余計に神経をすり減らすしかないものだった。
吐き気を押し殺しながら、掌に転がる錠剤を飲み込む。
それは発情期を無理矢理抑え込む薬だった。
本当に何もかも、自分にとって、間桐慎二にとって嫌な世界だった。
「慎二」
放課後の廊下、背後から呼び止められる声にピタリと足が止まる。
「その、大丈夫か?」
「何が」
こちらを伺う視線。心配しています、と言葉にしなくても滲んでくる気配に吐き気がした。
「最近顔色悪いぞ。俺になにか手伝えることがあるなら言ってくれ」
俺たち、友達だろ。なんて、伸ばされた手が触れる直前でそれを振り払う。
パシンという肌のぶつかる音が嫌に廊下に響いて、顔を顰めた。
「僕に触るなよ」
主人公で、αで、いつも周りに人がいて、その中心で笑ってるお前に、僕の何が分かるんだよと叫びたい気持ちに蓋をしてとっとと背を向けて歩き出す。
衛宮の傷ついた様な顔なんて、僕は知らない。
そんな顔、僕に向けるなよ。
お前が向けているその心配も、傷も、何もかもが、僕じゃなくて間桐慎二に向けられているくせに。
「お、え」
せり上がってくる気配にふらつく足を叱咤してトイレの個室に駆け込んで慌てて鍵を閉めた。
空っぽの胃が痙攣して、無理矢理ビシャビシャと音を立てて胃液が白い便器に流れていく。
口の中に残る独特の酸っぱさと苦さを、買っておいたペットボトルの水で流し込んだ。
ふと訪れる体が熱くなるような感覚にポケットの中から錠剤を取り出して、ろくに確認もせずに勢いよく口に放り込んだ。
錠剤の数は、医者が処方しているものよりずっと多くなっていた。
ゼー、ゼー、なんて荒い息遣いが耳につく。
慎二
衛宮の声が頭の中で聞こえたような気がした。
「慎二」
褐色の肌、白い髪、紅い外套の弓兵の低い声に名前を呼ばれて、ぞわりと背筋が泡立った。
物語通りにライダーを適当に校内で動かして、僕だけは誰にも見つからないうちにとっとと逃げ出してしまおうと思っていたのに、それさえも許されないというのだろうか。
熱い息が口から漏れる。
震える手で取り出そうとした錠剤が上手く掴めなくて、バラバラと音を立てて床に散らばった。
「慎二、君は……」
恐る恐るといった風に近付く彼の微かな足音や衣擦れの音でさえも、耳が広いあげてしまう。
迷ったように伸ばされた掌がそっと頬に触れる。
熱くて、硬くて、大きい、嫌でも自分との差異を感じさせる、男の掌だった。
続いて、自身の下腹部にじわりと宿る熱を感じて思い切りその手を振り払うと、ふらつきながら無理矢理距離を取った。
「僕に、触るな」
令呪を使って強制的にライダーを呼び寄せる。
同じ校内にいるのだから、令呪を使う必要などないのに茹だった脳はまともに機能してはくれなかった。
急なライダーの出現に、アーチャーが武器を構えるのを視界の隅に捉えた。
「撤退するぞ、ライダー」
常とは違うマスターたる僕の様子に物言いたげだったライダーは、それでも黙って僕を抱きかかえると足早にその場を後にした。
慎二
背後でアーチャーが名前を呼ぶ声がする。
返事などしないで、強く瞼を閉じる。
お前達が選ぶのは、僕じゃないくせに
瞼の裏で、誰かが泣いていた。