特殊リクエスト企画2
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ポムフィオーレ寮の一人部屋、頭に響く鈍い痛みにナマエは小さく息を吐いた。
ナマエのこれは、今に始まったことではない。ナマエは生まれながらにして「クランケ」と言われる特殊な体質を持つ人間だった。
クランケは患者と名のつく通り、生まれつき体が弱く、原因不明の体調不良に襲われる事のある厄介な体質。
悲しいかな十数年生きていればそんな厄介な体質にも慣れざる追えなくなっていて、体調が悪くなれば直ぐに飲めるように事前に用意していたベッドサイドのピルケースへ手を伸ばす。
けれどその手は、ピルケースに届くことが無かった。
届く前に手首を黒い革手袋をした手が掴んだからだ。
「……マレウス」
革手袋の先、ライトグリーンのリボンが着いた腕章、黒いドラゴンの角が特徴的なその人、ディアソムニア寮寮長にして茨の谷の次期領主、マレウス・ドラコニアがそこにいた。
「そんな物に頼らなくても、僕を呼べば良かっただろう」
不機嫌そうな声音と眉間に寄った皺にナマエは苦笑を漏らした。
その苦笑にむっと眉間の皺をより深くすると、マレウスは掴んでいた手首を引いてナマエの体を抱き寄せた。
角も含めれば2m以上もあるマレウスと病弱で平均より少し小さいくらいの小柄なナマエとではその体格差も歴然で、すっぽりと収まったナマエはマレウスの胸元から彼を見上げる羽目になって、それにマレウスは満足したようにふんっと鼻を鳴らした。
「だってマレウス、色々忙しそうだし」
「お前に割く時間くらい幾らでもある」
マレウスの手が慣れたように頭を撫でるのを、ナマエは目を瞑って享受する。
そうしていれば、頭の痛みはいつしか和らいでいった。
「僕がいれば、お前は苦しまなくて済むだろう」
マレウスは病弱なクランケとは反対の「ドラッグ」と呼ばれる体質だった。
ドラッグは薬と名の付く通り、体調が悪い人や病人と接触するだけでその症状を治す事が出来る特異体質だ。
クランケは薬を服用しても症状が完全に治る事は無く、一時的に和らげる程度の効果しか得られない。そんなクランケをドラッグの存在だけが傍に居るとこで治す事が出来るのだ。
「ありがとう、マレウス。だけどぼくは、君に与えてもらうばかりで、何も返せるものがない」
治療による副作用でとろりと瞼が下がる。
マレウスはナマエを抱きかかえると、ベッドへと腰を下ろした。
「それが、ぼくは、くるしい」
下がった瞼からポロリと零れた涙をマレウスは親指で拭ってやると、まるで赤子を宥めるように緩やかな手つきでポンポンと背を叩いた。
「僕はお前から多くのものを貰った。共にベッドへ入る穏やかな眠りも、誰かを抱き締める温もりも、全部お前が僕にくれたものだ」
ドラッグは病気を治すことが出来るが、健康的な一般人、所謂ノーマルと呼ばれる人達と長く接するとオーバードース状態にしてしまい、目眩や吐き気を引き起こさせてしまう。酷いと中毒症状まで起こるため、ドラッグとノーマルは基本的に一緒に過ごす事が出来ないのだ。
マレウスの様な強いドラッグは特にだ。
他人と触れ合う機会の少なかったマレウスだからこそ、クランケで一緒に過ごす事のできる自分の事を大切に思ってしまうのだろう、とナマエはそう思っている。
けれどそんなナマエの考えを見透かしたかのようにマレウスはため息を吐くと、そっと頬を撫でた。
「お前は勘違いをしているな」
マレウスの額が、コツンとナマエの額とぶつかる。瞬きの音すら聞こえそうな程の距離に、美しいライトグリーンの瞳がまるで宝石のように輝いて見えた。
「今まで何人か、ナマエ以外のクランケと出会ったことがある。それでも僕が共に居たいと思ったのナマエだけだ」
幼子に言い聞かせるようにそう言うと、そのまま額にキスを落とした。
「この僕がここまで言って、まだ信じられないか?」
「ふふ、ううん、しんじるよ」
マレウスの言葉にようやくナマエは安心したように微笑んだ。
治療の副作用でもう限界なのだろう、とろりとした眼に、マレウスは慈しむに笑みを浮かべた。
「さぁ、もう眠るといい。今日はずっと僕が傍に居てやろう」
「う、ん。おやすみ、マレウス」
直ぐに聞こえてきた穏やかな寝息に、マレウスはおやすみと返して瞼にキスを落とした。
「……そうだな、ここを卒業したら、共に茨の谷へ帰ろう」
ナマエを抱きしめたまま、ベッドの上に2人並んで横になる。
「そうしたら、ナマエは僕の血を飲んで、番を結ぼう」
番と呼ばれるそれは、特別に強い繋がりを持つクランケとドラッグの関係だった。
番関係になったクランケは病弱体質が治り、ドラッグは力の制御が可能になる。
本当は今すぐにでもナマエと番関係を結んでしまいたかったが、マレウスは番になれば自分がナマエを自由にしてやれない事を理解していた。きっと誰にも触れられないよう、ナマエを茨の城へ閉じ込めてしまうだろう。
妖精族よりずっと短い人間の命。だからこそマレウスはナマエにきちんと学生生活を謳歌してもらいたいと願っていた。だから、少なくとも学生のうちは番を結ぶ事はしないでいる。それに、体調不良に苦しむナマエは見たくないが、こうしてナマエを治療する行為自体は、マレウスは嫌いではなかったのだ。
「僕のクランケ。僕だけの番。僕だけのナマエ」
ライトグリーンの瞳がとろりと歪む。
眠ったナマエの唇へそっと、触れるだけのキスをすると、マレウスはうっそりと微笑んだ。