特殊リクエスト企画2
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ちゅう、と控えめな音をたてて首筋に触れていた唇が名残惜しげに離れていく。
「満足しましたか、サリエリさん」
「……あぁ」
そう言いつつも真っ赤な瞳がじっとこちらを見つめているのを、内心またか、と思いながらそっと目を逸らした。
ここ最近気が付いた事だが、こうしてナマエというケーキを味わった後のサリエリは、暫くその赤眼でナマエを見つめているのだ。
これは本格的に食べられようとしている前兆なのでは?
そう思うと、サリエリが夜にナマエの部屋を訪れる頻度が前よりも上がっている気がする。
サリエリが悪い人でない事はナマエとてもう分かっていた。寧ろその逆にとても優しい人であると。彼はナマエが本当に嫌がる事はしない、それどころか最近は詫びとお礼を兼ねてピアノやバイオリンを演奏して聴かせてくれたり、正真正銘本物のケーキを差し入れてくれたり、どこで手に入れたのか花まで贈ってくれるのだ。そういえば彼はイタリア出身だったなと、これが真の伊達男かと震えた記憶がある。
そんな風に良くしてもらっているうちに、早い話がナマエはすっかり彼に絆されてしまったのだ。
それでもサリエリはフォークでナマエはケーキ。サーヴァントと一般カルデア職員。
そんな根本にある決して変えられない関係が、薄皮1枚確かにナマエへサリエリに対する警戒心を持たせたままでいた。
「いやぁ、今まで君にばかり負担をかけて悪かったね」
八の字に眉を下げたダ・ヴィンチちゃんから差し出されたのは、透明の液体で半分ほど満たされた試験管だった。
これは?と首を傾げたナマエに、ダ・ヴィンチはふふんと得意げに胸を張ってみせた。
「ケーキの血を培養して作った……まぁ、簡単にフォーク用人工甘味料、かな」
なにそれ凄い、と改めて見てもナマエの目には何の変哲もない透明の液体にしか見えなくて、思わずまじまじと見つめてしまった。
「レイシフト先で出会った現地のケーキの人に献血を協力してもらってね。これを料理、例えばクッキーの生地に練り込んで使えばフォークでも味を感じることができるっていう代物さ」
遅くなってしまって申し訳なかったね、と謝るダ・ヴィンチちゃんにナマエはとんでもない、と勢いよく首を振った。
逆にナマエの方こそこんな人理の危機の中で、自分一人のためにこの天才の頭脳を使わせてしまったことが申し訳なかった。
けれどそんな内心を見透かすようにダ・ヴィンチちゃんは苦笑を漏らした。
「今はよくてもこれから先、サリエリ以外のフォークのサーヴァントが召喚される可能性もあるし、いつかは絶対に必要になるものだったんだ。君が気に病む必要は1つもないんだよ。寧ろ今更かって怒ってもいいくらいだ」
「ダ・ヴィンチちゃんには感謝こそすれ、怒ることなんてないですよ!
でもそうですよね、サリエリさん以外にもフォークはいますもんね。それに、サリエリさんだって普通に食事出来たらそっちの方が嬉しいでしょうし」
試験管の中の液体がぽちゃんと揺れた。
これがあればもう、サリエリが夜にナマエの自室を訪れる事はなくなるだろう。
そう思うと何故だかほんの少しだけ寂しいように感じてしまって、じゃあこれは食堂にいるブーティカ達に渡しておくからね、なんて折角作ってくれたダ・ヴィンチちゃんへの罪悪感に無理矢理笑って頷いた。
フォーク用人工甘味料が制作されてからはや1週間、サリエリがナマエの部屋を訪れる事はなく、やっぱりそうだよね、なんて小さくため息を漏らした。
「いや、食べられる危険性が減ったんだから喜ぶべきでしょ」
今頃サリエリはナマエの首筋へと這わせていた舌で、本物のケーキを味わっているのだろうか、と。想像した途端、モヤモヤと広がる謎の不快感に思い切り頭を振って勢いよくベッドへと潜り込んだ。
「……俺、おかしくなっちゃったのかな。知らない内に自分が美味しいケーキだって言う変なプライドとか持っちゃった?」
ぐるぐると回る思考。
今まで経験した事の無い感情に唸っていれば、いつの間にか瞼は落ちていた。
「ん、あ?」
腹部に感じる奇妙な重さと衣擦れの音、首筋に何かが触れる感覚にナマエの瞼がゆるりと開く。
次の瞬間飛び込んできた見慣れた灰色がかったプラチナブロンドの髪に、ナマエの頭は一気に夢の世界から現実へと呼び戻された。
「サ、サリエリさん!?」
いつの間に忍び込んだのか、ナマエの体へ馬乗りになって首筋へ顔を埋めるサリエリがそこに居た。
すっかりナマエが目を覚ましてしまったというのにサリエリは呑気に起きたか、なんて呟いてゆっくりとした動作で首筋から顔を上げた。
「な、なんで、いや、もう俺を食べる必要は」
ないはずなのに、と続けようとした唇をサリエリの親指がなぞったせいで、はくりと空気だけが漏れる。
唇からゆっくりと親指が離れるとそのまま頬を両手で包み込まれて、そこから伝わる熱が常より妙に熱く感じられた。
「我は、サリエリは、もうお前でなければ駄目なのだ」
ナマエ、と吐息混じりに呼ばれた名前に背筋がぞわりと痺れた。
「我が欲するは、お前一人だけだ」
ぐっとサリエリの顔が近付く。
そこでナマエは殆ど初めてサリエリの眼を真正面から見つめて、その中に宿るギラギラとした欲にようやく気が付いたのだけれど、その瞬間にはもうサリエリの唇がナマエの唇を食むように触れていて、もう手遅れなのだと知った後だった。