特殊リクエスト企画2
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その日、自宅に帰ってきたアンデルセンは微かに漏れ聞こえる荒い息遣いと、香るフェロモンの匂いに眉を顰めた。
さして広くはない部屋の小さなクローゼットの隙間からはみ出す服、静かにその扉を開ければ少ない衣服を抱くその人にアンデルセンは小さく声を掛けた。
「今帰ったぞ」
「.......おかえり、アンデルセン」
服の隙間からほんのりと赤い顔を覗かせた彼は、名前をナマエと言った。
ナマエとアンデルセンは世間一般で言うところの恋人同士だ。
第二の性、バース性がΩであるナマエは一定の周期で発情期が訪れる。今がちょうどその発情期なのだが、彼から香るフェロモンの匂いに恋人であるアンデルセンが強く惹かれる事は無い。魅力的だ、とは思うがただそれだけ。
理由は単純、アンデルセンのバース性がαではなく、βだからだ。
「台所に、スープ、作ってあるから」
その言葉にアンデルセンは思わずため息を吐いた。
発情期、通称ヒート時のΩの体調が、決して良いものとは言えないからだ。
男女関係なく妊娠することが可能なΩは当人の意思に関係なくヒートが訪れ、αやβを誘うフェロモンを撒き散らしてしまう。
発情した体は欲を持て余し、脱力感さえ覚えさせる。
そのΩのヒートを唯一完全に抑えることが出来るのが、αの存在だった。
Ωの項や喉元を噛み、番となったαだけがΩのフェロモンを変質させヒートを抑える事が出来るのだ。
勿論番を持たないΩ用にヒートを抑える抑制剤も市販されているが、それだって完全に抑えることはほぼ不可能だし、何より服用したことによる反動も少なからずある。
つまるところ、βのアンデルセンではヒートに苦しむこの恋人を助けることが出来ないのだ。
「無理はするなと言っているだろ。それくらいなら俺でも問題はない」
「でもアンデルセン、執筆に夢中になるとご飯食べるの忘れるじゃん」
思わぬ反論にぐっと顔をしかめる。そんなアンデルセンの様子にナマエはふふんと勝ち誇った様に笑みを漏らしたのが気に食わなくて、ペンだこのできた指でその頬を抓ってやる。その抓った頬でさえも常より熱くてアンデルセンは余計に顔をしかめる羽目になった。
どうやったってβのアンデルセンでは、この熱を完全に鎮めてやることは出来ない。
自分ではこの愛しい人の番になれないのだと、ナマエの発情期が来る度にそう現実を突きつけれるのが、たまらなく悔しかった。
「ねぇ、ねぇ、アンデルセン」
怖い顔で黙り込んでしまったアンデルセンにナマエはほんの少し苦笑いを浮かべながら、宥めるようにアンデルセンの顔に両手を差し出して包み込むように触れた。
「そんな怖い顔しないでよ。僕はアンデルセンが好きだよ」
「.......俺は、お前の運命の相手じゃない」
唸るようにそう言ったアンデルセンに、ナマエはクスリと喉を鳴らして笑った。
「アンデルセン、意外とロマンチストなとこあるもんね」
「.......馬鹿にしてるのか?」
そんなことないよ、なんてナマエがアンデルセンの体を引き寄せる。殆ど家にこもっている体力のないアンデルセンは簡単に体をぐらつかせて、大の大人2人で狭いクローゼットで密着する羽目になってしまった。何をやっている、危ないだろう!なんて怒るアンデルセンも何のそのに、とうとうナマエはケラケラと声を出して笑いだした。
「僕はさ、バース性とかそんなの関係なしに僕の意思でアンデルセンを好きになって、アンデルセンの傍にいるんだよ」
熱にうかされて潤んだ目が真っ直ぐな言葉と一緒にアンデルセンを見つめる。
自身が捻くれ者の自覚のあるアンデルセンにとっては、それはいっそ陽だまりのような眩しささえ覚えてアンデルセンはそっと目を細めた。
「ハッ、こんなしがない皮肉屋の作家がいいときたか」
「オマケに毒舌、厭世家。ついでにサボり魔!でもなんだかんだ面倒見が良くて、義理堅い」
悪戯っ子のような顔で言葉を続けて笑うその顔にアンデルセンは溜息を吐いて、そっとその体を抱き締める。
ナマエも応えるように、アンデルセンの背に腕まわした。
「.......悪趣味なヤツめ」
耳元で囁かれた言葉に、そうかも、なんて穏やかに笑うナマエに合わせて、頭に乗った白いシャツがまるでヴェールのように揺れている。
この狭い家の更に狭いクローゼットの中、そこには性別も、バース性も何も無い。ただ2人きりの世界で、噛み跡のない真白い喉に震える唇でキスを落とした。