特殊リクエスト企画2
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適度に照明の落とされた薄暗いバーのカウンターを挟んでニコニコと、それはもう素敵な笑顔でこちらを見つめる悪の教授、もといホワイトデーな悪のバーテンダー、ジェームズ・モリアーティと、世界で最も有名であろう名探偵シャーロック・ホームズの2人に、一般カルデア職員のナマエはひくりと頬を引き攣らせた。
時は遡ること1時間ほど前
その日ナマエはウッキウキだった。
理由は至極単純、明日の仕事が半休で午後からの出勤だからである。
カルデアという人理の存亡の一端を背負っているカルデア職員は、その責任の割りに人数が少なく、いやこの点に関してはどこぞのレフ・ライノールのせいで当初より人数が減らされてしまったせいなのだが、何しろ人も物も足りない状況で何とかやりくりして少ない時間ながらもどうにか一人一人の休みを捻出していた。
まぁ、それも非常事態がくれば関係なく駆り出されることになるのだが。
だからこそ希少な半休にナマエはウッキウキだった。
いつもは控えてるお酒も偶には呑んじゃってもいいかな、なんて。
ナマエはカルデアに来る前、自身の工房にこもりがちで、あまり外に出て人や社会に関わる事がなかった。だから以前から気になっていて、カルデアにいつの間にか作られていたバールームに足を向けるくらいには、浮かれていたのだ。
「おや、いらっしゃい」
カラン、とベルを鳴らしてすんなりと開いた扉の向こう。バーカウンターの中でいつぞやの微小特異点の時に着ていたバーテンダー服を身に纏ったジェームズ・モリアーティの姿がそこにあった。
彼は一瞬こちらへ驚いたように目を見開いていたが直ぐにそれを微笑みへ変えて「お席へどうぞ」とカウンター席を手で指した。
言われるがまま、ほんの少しそわそわしながらそこへ腰を下ろす。今更になって一職員の自分がここへ来て良かったのかと不安になってしまったからだ。
それを見透かしたように、モリアーティがにこやかに口を開いた。
「我ながら様になっているだろう?せっかく仕立てた服もタンスの肥やしにするには勿体ない。お酒を提供しながら人と話すのも嫌いじゃないのでね、こうして時折バーテンダーの真似事をしているんだよ。今夜は誰も来てくれそうになったから、こうして君が来てくれて私は実に幸運だ」
そう言ってニコリと茶目っ気たっぷりにウィンクをしたモリアーティに、そこでナマエはやっと安心したようにクスクスと笑みを漏らした。
「僕の方こそ、素敵なマスターさんに出会えてラッキーでした。折角だから、何かオススメはあったりしますか」
そうだね、と少し思案するとモリアーティはぴっと指を立てた。
「スイートハートなんてどうかな? マリブをベースにホワイトキュラソーやカカオリキュール、生クリームを加えた甘いカクテルなんだけどね」
「わ、可愛い名前のお酒ですね!俺、甘いの好きなんでそれ呑んでみたいです」
「お任せ下さい」とモリアーティは手際よくシェイカーに氷と材料を注いで慣れた手つきでシェイクする。
その姿が妙に似合っていて、ナマエはこれが大人の色気か、と内心独りごちた。
そうこうしているうちに混ぜ終えたシェイカーからカクテルグラスへ綺麗なライトブラウンのカクテルが注がれた。
「どうぞ」
目の前に置かれたカクテルに一言礼を言ってから口をつける。
「美味しい!」
「それは良かった」
とろりとした甘さは好みの味で、パッと破顔したナマエにモリアーティも小さく笑を零した。
くぴくぴと少しづつカクテルに口をつけるナマエを暫く見つめていたモリアーティは唐突にカウンターから身を乗り出して顔が近づけると、すんっと首筋辺りで鼻を動かした。
「何だか君は、とても良い匂いがするね」
「へ」
その言葉に首を傾げる。
香水をつけている訳でもないし、シャワーを浴びたのだって昨晩が最後なのだからその匂いだってもうとっくに薄れているはずだ。
そんなナマエの様子にモリアーティはくつくつと喉を鳴らした。
「とても甘い匂いだよ。それこそ今はまるで、サヴァランみたいなね」
サヴァランって確か、洋酒を使ったケーキだったっけ?とぼんやり考えていてポツリとモリアーティが零した「やはり自覚がないのか.......」という言葉は、ナマエの耳には届かなかった。
そうしてニコリと笑ったモリアーティの手がナマエのグラスを持つ手とは反対の手を取ると、気取った様な仕草でそこにキスを落とした。
途端ぶわりと顔が赤くなったのは酔いのせいだけではないだろう。
「うん、やっぱり甘いな」
ちろりと覗く赤い舌。見つめる目の奥に微かに熱が垣間見えて、ふるりと身を震わせた。そこでようやくあれ?これちょっと不味い?なんて思い出したのだから自分はもしかすると思ったより酔っていたのかもしれない。
「明日の朝ゆっくり出来るのなら、ぜひお誘いしたかったんだがね。そろそろ邪魔者が来る頃だ」
モリアーティの視線がすっと持ち上がると、カランとベルが鳴ってドアが開いた。
「その子から手を離してもらおうか」
「ホームズさん!?」
驚いて目を丸くするナマエへホームズはやぁ、と一言声をかけると真っ直ぐに隣へ腰を下ろしたと思えば、ぐいっとナマエの方を抱き寄せた。
ナマエにとってこのホームズという男は、他のサーヴァント達よりも比較的親しみやすい人物だった。
ホームズはマスターと共に現地へ降り立って戦闘しているより、ボーダーに残って推理し作戦を立てたりカルデア職員へ指示を出す事の方が多い。だから、他のサーヴァント達より仕事柄接する機会は必然的に多かったし、個人的に話す事も度々あったからだ。
けれどこんな、肩を抱き寄せられる様な関係だったかと言われれば、それには首をかしげてしまうのだが。
「悪いが、この子は元々私が目をつけていたケーキでね」
「そのわりにはチョコレートのネームプレートも何も見当たらないが」
そんな1人上手く状況についていけてないナマエを放って、2人はバチバチと睨み合っていた。元々ライバル的な関係ではある2人で度々何事か言い合っている姿を見かけることはあるが、今日のこれは何だかいつもやりピリピリしているように思えた。
「自覚のない子を籠絡しようだなんて、私よりよっぽど悪の才能があるんじゃないかい?」
「ははっ、褒め言葉として受けとっておこうか」
笑ってはいるが、目の奥が笑っていない。
そっと距離を置こうとしたナマエだったが、それより早くホームズに胸板に頬がくっつくほど抱き寄せられて叶わなかった。
「君も君だ。ケーキの自覚がないのなら、少しづつ味わいながら自覚させていこうと思っていたのに。こんなに無防備に、しかもよりによって教授に手を付けられそうになるなんて」
耳元でそう囁かれても、ナマエには一体なんのことだかさっぱりだった。
「ナマエくんもホームズなんかより、私に食べて欲しいよね?」
「貴方では胸焼けしてしまうだろう。安心するといいナマエ、君は私が全て平らげよう」
「いやさっきっから何の話なんですか!?」
あんなにウッキウキでバーに来たというのに、何故かそこで天才的な悪の教授と天才的な名探偵に挟まれて頭を抱えながら、ナマエは今度から絶対部屋飲みにすることを誓ったのだった。