特殊リクエスト企画2
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「ご、ごめっ、ごめんね一くんっ.......!」
ぼろぼろと、自身に馬乗りになりながら涙が伝う頬を宥めるように撫でながら、斎藤一は苦笑を浮かべた。
新撰組三番隊隊長である斎藤一はケーキと呼ばれる人間だった。
フォークと呼ばれる味覚のない人間が、唯一美味しいと感じられる存在がケーキだ。
その涙や汗から血肉にいたるまでが甘露なケーキはフォークにとって捕食対象。
その為、ケーキがフォークに襲われる事件というのが多々発生しており社会的問題にまでなっていた。そしてその例に漏れず、ケーキである斎藤も勿論フォークに襲われた事のある経験者だ。だが、斎藤は新撰組の三番隊隊長を務めるだけの実力の持ち主で、自称無敵流の剣士。
襲ってきたフォークを逆にボコボコにぶちのめしてブタ箱に入れるまでが彼の仕事だった。
そんなフォーク相手に、というかそこいらの下手な剣士にもだが、簡単にやられるようなケーキではない斎藤だったが、今現在薄暗い自室でたった1人の男に押し倒されていた。
斎藤と同じ浅葱色の羽織を着たその体は斎藤より小柄で、肉付きも薄い。本来なら斎藤を押し倒すよりも先に地面に転がされているような彼が斎藤を押し倒し、あまつさえ馬乗りになっているのは単に斎藤がそれを許しているからだ。
そしてこれは、斎藤と彼、名前をナマエという男にとって、日常的に行われている行為でもあった。
ナマエはフォークだった。
5歳の頃にフォークを発症した彼は、それまで味わっていた味覚を失い、代わりに周りからケーキを襲う犯罪者予備軍として偏見と差別の目を向けられてきた。
そんなナマエはだからこそ、自分を律して生きてきた。本当の犯罪者になりたくなかったし、何より誰かを自分の欲のために傷つけたくなかったからだ。
街中でケーキの甘い匂いとすれ違う度、血が滲むほど拳を握りしめて溢れる唾液を飲み込んで、味のしない食べ物を無理矢理噛み締め胃の中に流し込み続けてきた。
更にナマエが新撰組に入隊したのは、少しでもフォークからケーキを守りたいと思ったからだ。
けれど幸か不幸か、新撰組には斎藤一がいた。
日常的に避ける事の出来ないほどに香る、魅力的な甘露の香り。
耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐え続けて、気が付けばナマエは斎藤を押し倒していた。
そして何故だか斎藤は、そんなナマエを突き放すでもなく受け入れた。
崩れ落ちそうななけなし理性をかきあつめて、それでもその肉体を傷付けないように泣きながら、着物から晒された首筋へ這わせた舌は、確かにその日十数年振りに極上の甘味を味わったのだ。
我に返ったナマエは可哀想な程顔を青くして、腹を斬って詫びると斎藤に頭を下げたのだが、斎藤は必要ないとヘラリと笑ってナマエの頭を撫でただけ。
そしてこれが、2人だけのこの秘め事の始まりだった。
「ご、ごめんね一くん。怖いよね、嫌だよね、気持ち悪いよね」
この無駄に優しいというか、臆病な所のあるフォークはきっと、同じ新撰組の身内である斎藤が同情心でもってナマエに自身を提供していると思っているのだろう。
だが斎藤は例え同じ新撰組の同士であろうが、それが好みの女ならまだしも、同性である男に体を舐めさせたりだとか、甘噛みされたりだとかそういった行為を許すタイプの男ではなかった。
まぁ、つまり何故この行為をナマエに許しているのかと言えば、斎藤一という男がナマエを好きだからだ。しかもそれは友達への好きではなく、性的な方の好き。
だからその想い人であるナマエが泣きながら自分に縋って、どこか遠慮がちに、けれどしっかりと自分の首筋に舌を這わせているこの現状は斎藤にとって役得ですらある。
それを知らないで泣いてるナマエはちょっと可哀想だと思わないでもないが、その罪悪感でナマエを縛っている斎藤は悪い男の自覚があった。
山南や鴨、土方辺りも斎藤のこれに気付いているのだろう、呆れたような目を向けているが、斎藤は素知らぬふりをしてヘラヘラと笑って受け流している。
ふと思い立って、ナマエの頬を両手で包んで持ち上げると、その頬を伝う涙の雫へ舌を這わせた。
「一くん.......?」
きょとりと眉を下げるナマエの目元へわざと小さなリップ音をたててから離れる。
「んー?ナマエちゃんはどんな味がするのかなーと思いまして」
「俺、美味しくないでしょ」
確かに唇で掬いとった涙はほのかに甘いような、塩辛いような、そんな味がした。
「まぁ、嫌いじゃないですよ」
そんな事を言ってまた、ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音をたてて触れるだけのキスを涙の跡に落としていくのを、ナマエは擽ったそうに息を漏らしながら甘受する。
「この後僕は僕で、美味しいもの頂く予定なんで」
「.......お蕎麦?」
ははっ、と笑って首を振るとナマエの体を抱き寄せた。
途端に斎藤から香る甘い匂いにナマエの肩がびくりと震えて、唾を飲む混む音が斎藤の耳にも届いた。
「もっと美味しいものですよ」
甘ったるく耳元で囁いて、するりと腰を撫であげる。
美味しい思いをしているのは、本当に食べられそうになっているのはどちらなのかなど教えてくれる人はここにはいなかった。