キリ番リクエスト
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もしも過去に戻ってやり直せるなら、と幾度もありえないそのもしもを夢想する程、七海健人は後悔していた。
それは学生時代の苦い思い出、と一言で片付けてしまうには、七海にとってあまりにも重い出来事だった。
「七海かっこいい、好きだよ!」
呪術高専時代、七海にいつもそうやって恥ずかしげもなく好意を口にする同級生がいた。
名前をナマエ。灰原ともう1人、3人だけの同級生だ。
七海はナマエからの好意を気恥しいというか、照れるとは思いつつも、嫌ではなかったし同級生同士仲は良かったと思う。
けれどそんな関係性をしょうもない学生特有のノリで七海は壊してしまった。
先輩の五条と夏油とのお遊びのゲームに負けた七海は、罰ゲームとして任務から帰ってきたナマエへ、告白まがいのドッキリを仕掛けたのだ。
「なぁんだ、ドッキリか!そっか、そうだよね、勘違いしちゃったよ!」
泣きそうな顔がパッと切り替わって、下手くそな笑顔が浮かぶ。
本当に、本当にくだらない。
その罰ゲームは些か質が悪いと拒否したが、後々それで五条に絡まれるのが面倒だと結局許諾してしまった事を、ナマエなら何だかんだと許してくれるだろうと甘い考えを持っていた事を、それで結局ナマエを深く傷つけてしまったそんな過去の自分を、七海はぶん殴ってやりたかった。
七海は勿論、珍しくあの五条が気まずそうに「悪ぃ」なんて頭をかいていたけれど、ナマエは気にしないで!なんて笑って言うばかりで、涙のひとつも零さなかった。
それ以降、ナマエが七海に好きだと言うことはなくなった。
相変わらず、「かっこいい」や「すごい」の褒め言葉は出るのに、「好き」だけは出ることがなくなってしまった。
虫のいい話だとは分かっている。けれど、ナマエからの「好き」の一言が無くなってしまったことが、酷く胸をを痛めて、けれどどうしたらいいかは分からなくて、あの日のナマエの顔が頭にこびり付いて消えなくて、表面上は今までと変わりなく、それでも確かに変わってしまった事にどうしようも出来ないまま、どうしたらいいかも分からないまま、月日は無情にも過ぎていった。
そして訪れた忘れもしないその日、3人合同の任務で起きた等級違いの事故。自分たちの手には負えない土着信仰。
ナマエは灰原と七海を逃がすために七海と灰原の叫びを無視して1人囮になって戦って、五条が辿り着いた時には残穢がプツリと途切れた状態で消えてしまった。
遺体が無いのなら、きっと何処かで生きているはずだと、家入に治療されたばかりの体で任務先の土地を探し歩いたけれど見付からなくて、迎えに来た夏油の腕も振り払って探して、それでも何も見付からなくて、半ば気絶させられる形で高専に連れて帰られた。
その後も何度も暇を見つけてはナマエを探して、見付からなくて、卒業と同時に逃げるように呪術師を辞めて一般人として就職した自分を、今のナマエが見たらどう思うのだろうか。
結局サラリーマンも辞めて、また呪術師に戻ってしまったのだけれど。
そんな苦い思い出。七海にとっての深い傷。
唐突に鳴り響いた着信音、画面に映し出されたのは今は例の任務によって負った怪我で補助監督になっていた灰原の名前。妙な胸騒ぎを覚えながら画面をタップした。
「七海、落ち着いてよく聞いてね」
珍しいその灰原の声音に、カラリと喉が乾いて次の瞬間発せられたその名前に七海はハッと息を飲んだ。一瞬時が止まって、それから今だ聞こえる灰原の声も無視して七海は駆け出した。
「ナマエッッ!!!」
家入に治療されたばかりなのであろうナマエがそこに居た。
あの日の、学生の頃と寸分違わぬ姿で。
「.......な、七海?」
焦ったように肩で息をしながらこちらを見つめる、自分とは違う大人の姿の七海をナマエは戸惑うような目で見つめているけれど、今はそれに対して何か言ってやる余裕が七海にはない。
先にその場にいた灰原や五条が何か言うのさえ聞こえずに、ただ一直線にナマエへ向かってその体を強く抱き締めた。
大人の自分と、学生のままのナマエ。差は出るのは当たり前なのに、それにしたってこんなにもナマエの体は細くて小さかったかと、今迄どうしていたのかを思えば胸の奥がじくりと痛む。
「七海、苦しいよ」
「おい、その辺にしてやれ。傷は治療したが、まだ万全じゃないんだ」
その言葉にすみません、と抱きしめる腕を離したが完全に手放す事はどうにも出来なくて、存在を確かめるように震えを誤魔化しながらナマエの手に自身の手を重ねた。
「貴方が、生きて戻ってきてくれて、本当に良かった。もう、あんな無茶しないでください」
「うん。ごめんね、七海」
重ねた手の指を絡めて握り締める。
泣きそうな七海の目が、真っ直ぐにナマエを見つめた。
「好きです、ナマエ」
それは罰ゲームでも何でもない、七海自身の言葉だった。
「貴方を傷付けた私が、今すぐ信じてもらおうなどと都合のいい事は思っていません
ですが私はもう後悔したくない。私に貴方を守らせてください」
告白に何も言えずにはくりと息だけが漏れて、ナマエの頬がじわりと赤く染まる。
繋いだ手と反対の手で、七海はその赤くなった頬をするりと撫でた。
「ねぇ、僕達完全に空気じゃない?」
「ここは大人しく空気になっておけ、元を辿ればお前達の悪ふざけが発端なんだからな」
「でも、ナマエが生きて戻ってきてくれて、本当に良かったです」
同級生と先輩に見守られながら、七海は今度こそ傷付けないように、そっとナマエを抱き締めた。