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自分のせいで喪った彼を腕に抱いた時、頭に浮かんだのは、あの黄金の杯をもした願望器だった。
冷えた冬の空気に、吐いた息は白く色づいた。
最近の冬木は物騒で、新都の方ではガス漏れ事件があったと聞くし、深山町の方では時代錯誤な辻斬りがでたという。
そんな事を考えつつ、ナマエはチラリと隣を歩く男に目を向けた。
白髪の髪に浅黒い肌。整った顔立ち。黒いワイシャツと黒いパンツスタイルの黒づくめな服装。
ナマエがその人に出会ったのはごく最近のことで、それも1人下校中にたまたま偶然、というものだった。
たまたま偶然にしては、よく会うような気もしていたが。
今日も委員会の帰りで普段より遅い下校の途中で彼に会い、「最近物騒だから」等といった理由で言いくるめられて、共にしていた。
だからって、最近知り合ったばっかりの名前も知らない男子高校生を送ってくあたり過保護というか、お節介というか……
そんなところが大嫌いな"アイツ"を彷彿とさせた。
沈みかけた夕日が、丁度ナマエの腹部を紅く、紅く照らす。
「あの……」
突然立ち止まった白髪の男に、ナマエも怪訝そうに振り返った。
「……あぁ。いや、すまない」
白髪の男と再び帰路を歩く。
「1つ、聞いてもいいだろうか」
「何ですか」
ポツリと口を開いた男の顔は、闇に紛れてうかがい知れない。
「……もし、もしもだ。
正義の味方なんてものを夢見て、全てを独りで抱えた大馬鹿者のがいたとしよう」
どこか聞き覚えのあるそれに、ナマエは思わず眉根を寄せた。
「その大馬鹿者を嫌った1人の男が、大馬鹿者を庇って……死んだ。助けられる価値など、なかったのにだ……」
震えるその問いは、まるで懺悔のように聞こえる。
「そんな彼を……生き返らせる術が……あったとしたら…………彼はそれを、望むと思うかね」
白髪の男がナマエを見る。いや、その目はナマエを見ているようで見てはいない。
気分が悪い。そんな問いかけ、はなから答えは決まっているだろう。
「馬鹿じゃないんですか」
酷くぶっきらぼうに、無遠慮に放たれた返事に、白髪の男は目を見開いた。
「その大馬鹿者がどこのどいつで、そいつはかばって死んだ男が誰とか、俺はまったく知りませんけど、俺だったらそんなこと一切望みませんし、そんなことされたあかつきには1発ぶん殴ってる」
容易に想像がつく光景に、思わず苦笑が漏れる。
「自己満足の自分勝手でその大馬鹿者を庇って死んだんだから、それでいいんですよ。
それを無かったことにされたら腹立ちますし、何より、そのどっかの誰かさんは、きっと何度でもその大馬鹿者を助けて死にますよ」
「……嫌っているのにか」
「嫌いだからですよ。お互い、大馬鹿者同士なんでしょ」
呆れたようなそう言うナマエの瞳は、真っ直ぐと前を向いていて。
白髪の男は、その日漸く1つの答えを得た。
「ここまでで大丈夫ですよ。送ってもらってありがとうございました」
いつの間にか着いていた住宅街の入口
それじゃあ、と家に向かい歩き去っていくナマエの背に思わず伸ばしかけた手を、静かに下ろした。
「ナマエ」
今にも泣きだしそうなその顔は、それでも不格好に小さな笑みを形づくる。
「ありがとう」
振り返ったナマエが見せたのは、最初で最後の笑顔だった。
あれから数日が経ったが、何故あの白髪の男があんな事を聞いてきたのか。何故、ナマエの名前を知っていたのか。
終ぞナマエが知ることはなかった。
あの日からナマエが男と会う事はなかったからだ。
放課後の教室で、1人ぼうっと考え込んでいれば、ガラリと教室のドアが開く。
それは、大嫌いな衛宮士郎。
ここ最近多々学校を休むことがあった彼は、ようやっと落ち着いたようで、暫く見なかった衛宮は、どこか大人びたように見える。
そんな彼の両手には相変わらず誰かの手伝いか、大量のノートが抱えられていた。
けれどその日は、いつもと違っていて
「……悪いナマエ、少し助けて貰っても、いいか」
申し訳なさそうに、それでも衛宮からの初めての頼みに、ナマエは思わず目を見開いて、それからぶっきらぼうに、ノートの山を半分奪い取ったその顔には、小さく笑みが浮かんでいて。
「任せろ」
それは、衛宮士郎に向けられた、最初の笑顔だった。