キリ番リクエスト
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忘れられない愛が2つある。
1つは、己に絶望を教え、愛の存在を否定するに至った初恋の少女。
そしてもう1つは、そんな愛を否定する厭世家で弄れたろくでもない物書きに、報われない愛を与え続けた愚かな男。
もしも
もしも自分が少女に、彼に、触れていたならば、結末は変わったのだろうかと、そんな誰しもが1度は考えてしまうような、意味の無いもしもを想像してしまう程には、それは後悔となって心に残り続けていた。
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「じゃあ、この部屋は好きに使ってくれて良いからね!」
「ありがとうございます!」
レイシフト先で出会った男、ナマエの言葉にカルデアのマスター、藤丸立香は笑顔でそう礼を言った。
ナマエとの出会いは、数時間程前に遡る。
時代は1800年代半ば、場所をデンマーク。
カルデアスが観測した微小特異点の修正へと藤丸達は訪れていた。
場所も年代もちょうど当てはまったために強制的に連れてこられたアンデルセン、それに便乗して面白がって着いてきたシェイクスピアと、名乗り上げた文豪2人にソワソワとした面持ちで自分もと手を挙げた紫式部の3人が、今回のメンバーだった。
「いやはやそれにしても、この面子で文学大会、なるものに出場することになるとは!」
そう、今回の微小特異点の原因というのが「文学大会」という奇妙奇天烈な大会だった。
出場者は詩、短編、長編、恋愛、ファンタジー、ホラーetc、様々なジャンルの中からもっとも得意とするものを選び、執筆し、完成した作品を審査員が読み優勝作品を決め、賞品として聖杯が贈られるという、なんともこの面子にとっておあつらえ向きの大会というか、特異点であった。
当時を知るアンデルセンは、「そんな妙な大会知らんし、あってたまるか」と毒を吐いていたが。
問題は、どこで執筆活動を行うか。
最初は無難にホテルをとろうとしたのだが、なんと文学大会の影響らしく、この時期はどこも満杯なのだと断られる始末。
そんな時に声をかけてきたのが、ナマエだった。
泊まる場所がない、と困り果てていたのだと言えば、大家さんと交渉してアパートの空き部屋を数日使えるようにしてくれたのだ。
「ところで、ナマエ殿とアンデルセン殿はお知り合いなのですかな?吾輩には唯ならぬ仲のように思えたのですが。ええ、ええ!是非とも詳しくお聞きしたいところ」
嬉々としてシェイクスピアがアンデルセンの顔を覗き込む。
確かに藤丸から見ても、ナマエに出会ってからのアンデルセンの様子は妙だった。
ナマエに声をかけられ、アパートを紹介されている間もアンデルセンは一言も発さずに藤丸の後ろに身を隠していた。けれどその目だけはじっとナマエへ向けられていた。
普段のアンデルセンであれば、ナマエの申し出に「善意も度が過ぎれば裏があると思われるぞ」だなんだと言ってきそうでもあるのに。
「お前には関係のないことだ。それよりも、この頓痴気な大会まで時間が無いぞ」
あからさまに話題を逸らしたのはきっと、アンデルセンにとってナマエとの関係は触れられたくないだからなのだろう。
しょうがないと肩を竦めるシェイクスピアを置いて、その柔い部分には触れぬまま、藤丸達は今後どうするかを話し始めた。
「こんにちは、これ良かったら差し入れです」
数日後、そう言って訪ねてきたナマエの片手に籠バケットがぶら下げられていた。
ふわりと漂う食欲をそそるいい匂いに、藤丸はキラキラと目を輝かせる。
「とても有難いのですが、ご迷惑ではありませんか?」
そう言ってナマエの顔を伺う紫式部に、ナマエはカラカラと笑った。
「いやぁ、友達に作家の先生がいてさ。その人に差し入れするついでだから、気にしないでよ」
「作家の先生、ですか」
その言葉に、誰ともなくちらりとアンデルセンを見る。
アンデルセンはじっと、ただ黙って籠バケットを見つめていた。
「ほう、してその作家の先生とやらは、一体どのような方で!吾輩とても気になりますなぁ!」
興味津々、嬉々として尋ねるシェイクスピアに気押されながらも、口を開いた。
「 厭世家で、自分も他人も好きじゃなくて、けど何だかんだ面倒見が良くて結局他人を放っておけない、人の努力を笑わない、優しい人なんだよ」
そう語るナマエの目が柔らかくて、自分のことではないのに、どこかむず痒いような、微笑ましいような、妙な気持ちになってしまう。
「その方の事が、お好きなんですね」
フフッと微笑む紫式部に、ナマエがワタワタと「いや、そういう訳じゃ、」なんて手を振って否定する。けれどそう言う頬が薄ら赤くて、否定は意味を成していない。
「お前は馬鹿か」
それは突然の暴言だった。
今までナマエが訪れるといつも黙ってばかりいたアンデルセンが、何が琴線に触れたのか突然噛み付いてきた事に、一瞬空気がシンと静まりかえった。
「そんなろくでなしの非人間が、お前に応える訳がないだろう」
あんまりな言い草に藤丸が止めようと開きかけた口を、シェイクスピアが制止する。
何故だと目配せをしても、彼はただ黙って笑うだけだった。
「お前の愛は報われはしない、酷い結末を迎えるだろう。そうなる前にとっとと離れてしまうことだな」
普通ならそんな事を言われて、良い気持ちのする人はいないだろう。気分を害されて怒鳴るか、もっと酷ければ掴み掛かられても仕方がない。
それ程までに酷い事を言われたのに、ナマエはただ困ったように笑うだけだった。
「ありがとう、君は優しいんだね」
「この俺が優しいだと?散々いいように言われて出た感想がそれとは、お前の感性は人とズレているらしい!」
暴言を吐かれても、ナマエはそうかな?と笑うだけで怒りはしない。
むしろアンデルセンの方がずっと酷い顔をしていた。
「俺が傷つかないように、わざとそう言ってくれてるんだよね。やっぱり君は、優しいよ」
それはまるで、そういう不器用な人の優しさを知っているかのような言い方だった。
ゆるりと細まった目が、アンデルセンを通して誰かを見つめていた。
「でも、俺はさ。告白するつもりとか、無いんだよ」
その言葉に、紫式部が何故、と呟く。
それにナマエはへにゃりと笑った。
「あの人の心には、別の誰かがずっと居るんだよ。それを分かってて、それでもどうしようもなくて、せめてただ傍に居たいって思っちゃったんだ。
そりゃ、恋人になれたらそれが1番嬉しいけど、それだけが特別な形じゃないから。
想いを伝えたいわけじゃない。応えて欲しいわけでもない。ただ俺の、勝手な我儘なんだよ」
純粋無垢とは言えないのかもしれない。
けれどそれはただナマエという男が持つ、たった1つ確かな愛の形だった。
アンデルセンはぐっと手を握り込む。
俯いた顔は影になってしまって、その表情は伺えなかった。
「.......後悔するぞ」
絞り出したようなその声は、どこか水気を孕んでいた。
「良いんだよ、後悔しても。
いつかはきっと、その後悔すら愛しいと思える時が来るから」
はくり、と誰かが息を飲む。
その後は、「空気悪くしてごめんね」「いえ、こちらこそ」なんて謝罪合戦が繰り広げられてナマエは帰って行った。
どことなく重い空気に、藤丸と紫式部は目を見合せた。ただそんな空気など何のその、シェイクスピアだけが楽しそうにしているが。
当の本人、アンデルセンは一言、「暫く1人になるぞ」と呟いてバタンと執筆部屋の扉を閉めた音だけが、静かな部屋に響いた。
「あ、アンデルセン殿に執筆部屋を乗っ取られてしまいましたな!
いや〜、それにしてもアンデルセン殿のあんな一面が見れるとは!吾輩、執筆意欲がむくむく、と!」
「ちょっと空気読んで」
「私達は暫くこちらの部屋で筆をとりましょうか」
文学大会まで残り4日、アンデルセンが部屋の扉を開くことはなかった。
「アンデルセン、来るかな.......」
大会当日、朝になってもアンデルセンは出てこず、結局シェイクスピアと紫式部、藤丸の3人で会場に来たわけなのだが、不安げな藤丸にシェイクスピアが笑いかける。
「まぁ、何かと面倒見がいい彼のことです、そのうちやってくるでしょう」
「そうです、マスター。今は待ちましょう」
シェイクスピアと紫式部の言葉に、藤丸はそうだねと頷いた。
そうしてアンデルセン不在のまま、大会は決勝まで勝ち進んだ。
「襲いかかる本、襲いかかる対戦相手。吾輩の知る文学は文学ではなかった?」
「これは文学大会とは名ばかりのバトル大会ですね」
「恋愛小説枠でメイヴが出てきた時は終わったかと思った」
圧倒的に戦闘向きではない、なんなら戦闘は他に任せていたい作家サーヴァントなのにこれはどういう状況なのか。
「さぁ!読者の皆様、いよいよ決勝です!!」
マイクを通し響く司会者の声。
それに合わせて読者、という名の観客達の歓声が大きくなる。
「対戦相手は此奴だァァーーー!!!」
「センセイ、締め切りもう過ぎてますヨォー!!」
「いや、もう作家でも本でもなく編集者出てきちゃったじゃん!?」
SIMEKIRIーーー!!!と叫ぶ編集者型巨大ゴーストに思わず頭を抱えてしまう。
「作家にとっての本当の敵は締め切り、編集者という事ですかな?確かに!」
編集者型巨大ゴーストが藤丸達へ向かって腕を振り下ろす。決勝まで戦闘を乗り越え消耗した体力では完全に防ぐ事は難しいだろう。
ブォンッと風を切る音がして、それがあたると思われた寸前、3人と編集者型巨大ゴーストの間に光の玉が割り込んだ。
「なんだ、これは文学大会じゃなかったのか?ここにいる奴らは文学と武道の違いも分からないと見える」
「アンデルセンッ!」
見慣れた青い髪、小柄な身体と聞きなれた低い声から紡がれる毒舌に、パッと顔が輝く。
「アンデルセン、作品出来たの!?」
「いや、そんなものはない!」
勢いよく、ない!というアンデルセンに目を見開く。
「そんなものはない、が!締め切りなど倒してしまえばこちらの勝ちだろう!とっとと勝ってこんな頓痴気大会とはおさらばするにかぎる」
そんな感じでいいのだろうかと思ったが、こんな滅茶苦茶な大会なのだ、今更だろう。
改めて編集者型巨大ゴーストに向き直る。
「勝つよ、3人とも!」
令呪で魔力を回す、3人の文豪英霊の宝具が編集者型巨大ゴーストへ目掛けて放たれた。
「全く、酷い目に合いましたな」
優勝トロフィーの聖杯を片手に、ほんとにねと返す。すると遠くから誰かが手を振り此方にやって来るのが見えた。
それは最近、この特異点では見慣れた、彼の姿だった。
「皆、優勝おめでとう!」
「ナマエさん」
賞賛の声と共に此方にやって来たナマエの前へ、藤丸達より先にアンデルセンが1歩歩み寄る。
2人の様子に、藤丸はシェイクスピアを引きづってそっと離れた。
「この間は悪かったな」
アンデルセンからの謝罪に、ナマエは気にしてないよ、と首を緩く振る。
「なんだか君、俺の友達に、アンデルセンに似てるんだよね」
同一人物だからな、とは言えなかった。
自分は死んで、この幼い姿で今は人理のためにサーヴァントとなり戦っているのだと、例え口にしたとて信じては貰えないだろう。
「いつか、君の書いた話も読ませてよ」
「.......あぁ、いつか読ませてやる」
それは楽しみだな、とそれじゃあと別れを告げて手を振って去って行く。
「.......渡さなくていいのですか」
紫式部の問いかけに、アンデルセンはあぁ、と返す。
紫式部は知ってた。
1度だけ、アンデルセンが執筆部屋に篭ってる時に、心配になって夜分に飲み物を差し入れした事があったのだ。
その時アンデルセンは、確かに執筆活動をしていたのだ。
辺りに散らばる色とりどりの紙、その中でたった1つ、真っ白の紙の上で輝く青いハートの切紙を、確かに紫式部は見たのだ。
あれはきっと、切り絵で作られたアンデルセン手製の絵本なのだろう。
けれどそれが、今回の大会で披露されることはなかった。ならばなんの為に、誰の為に作られた絵本だったのか。
紫式部の言いたい事が分かるのだろう、アンデルセンはふんっと鼻を鳴らした。けれどその視線は真っ直ぐに、ナマエが去って行った方へと向けられていた。
「あれは置いてきた。この特異点が修正されれば消えるだろうよ。
俺達はサーヴァントだ。生きていた頃ならまだしも、今になって渡すものでもあるまい。
そのまま消えて読まれなければそれまで。例え消える前に気付いて読んだとしても、修正されればその記憶もなくなる。全く、らしくない事をした」
「.......ナマエさんはきっと、見付けて読んでくれますよ」
身体が光に飲まれる。
カルデアへの帰還が始まったのだろう。
これは我儘だった。ナマエと同じ、想いを伝えたい訳じゃない、応えて欲しいわけでもない。
ただアンデルセンにとっての我儘だった。
「厄介な事に、お前も俺の心に居座り続けている1人だという事だ」
あぁ、本当に厄介な事だと。
愛を信じない男は、姿を消した。