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岡田以蔵は機嫌が悪かった。
その日、どういう訳かやたらにお竜さんに「こんな所で無駄に呑んでないで、とっとと部屋に戻れ阿呆」などと晩酌を楽しんでいた以蔵から無理矢理酒を取り上げ、げしりと以蔵を蹴って椅子から叩き落としたのだ。
加えて、いつもなら止めに入る坂本龍馬も、マスターやマシュでさえそのお竜さんの態度に何もお咎めを与えないどころか、「確かにもう部屋に戻った方がいいかも」だなんて言ってきたのだ。
だから渋々、本当に渋々以蔵は晩酌を取り止めて、部屋に戻ってきた。
「一体全体何なん……じゃ……」
不機嫌を存分に滲ませていた声は、それを視認して徐々に消えていく。
息が、止まるかと思った。
震える口がなにか言葉を紡ごうとして、けれど何も言えずにただはくはくと鯉のように開閉させることしか出来ない。
部屋の中央で透けた身体を浮かばせて、かつて以蔵が愛した男が微笑んでいた。
剣の天才が、多くの人々に恐れられた人斬り以蔵ともあろう者が情けないと、言いたい奴は言えばいい。言ったそばから斬ってやる。
だって、仕方がないだろう。好いた人の前では以蔵だって、ただの男になってしまうのだ。
「……ッナマエ!」
駆け寄って触れようとしたその手が、ふわりとナマエの身体をすり抜ける。
サーヴァントに慣れるほどの逸話を持たないナマエは、礼装としてこのカルデアにやってきたのだ。エーテルの肉体を持たない、酷く朧気なその身体。
また逢えただけでも奇跡だと言うのに、それでもこの心はどうしてもそれ以上を欲して、触れ合えないことに一抹の寂しさを抱いてしまう。
「……どいて先に死んでしもうたんじゃ」
吐き出すように呟いた言葉に、ナマエが寂しげに笑う。
そんな顔をさせたい訳では無い。けれどあの日、あの瞬間、自分がナマエの傍に入れなかったことが、ナマエを守ってやれなかったことが、何よりも悔しかったのだ。
だからこそ、もう後悔はしたくなかった。
以蔵の唇とナマエの唇が重なる。
それは重なるだけで、触れ合えては居なかったのだろうけれど、けれど確かにそれは、以蔵とナマエの初めての口吸いだった。
「……もう二度と離さんからの、覚悟しとけ」
そう言った以蔵の顔が、かつての時より赤く、赤く、染まっていて。それが酷く愛おしくて。紡げぬ言葉の変わりに、応えるように今度はナマエの方から唇を重ねた。
以蔵の隣を漂う半透明の男の姿を見て、龍馬は自信の隣に浮かぶ彼女へと目を向けた。
「珍しいね、お竜さんが以蔵さんに気を使うの」
ずっとこうだと良いんだけど、だなんて言う龍馬に、お竜さんは眉根を寄せてふんっと鼻を鳴らした。
別に以蔵に気を使ってやった訳では無い。訳では無いが、大切な人を守れなかった痛みも、悲しみも、後悔も、分かってしまうから。
だから今回だけ。今回だけの特別なのだ。
以蔵の隣で半透明の男が笑う。まるで花が咲くようなその笑みに、以蔵の耳が薄らと赤く色付いているのが見えて、お竜さんは静かに笑みを浮かべたのだ。