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「ナマエさんは今から私と見廻りに行くんです。どいてください、斉藤さん」
「いやいや、そんな予定はなかったでしょ沖田ちゃん。嘘はいけないんじゃない?」
カーンッ!
どこかで試合の合図がなったような音がしたのを、むっつりと口をへの字に曲げた沖田総司と飄々とした笑みに若干の嘲笑が混ざった斎藤一の間で、ナマエは確かに聞いたのだ。
ここは新撰組の屯所、その廊下である。
ナマエという男は、新撰組に所属する平隊士の1人であった。
そう、ナマエはただの平隊士なのだ。それなのに何故隊長格2人に1人からは見回りだと腕を捕まれ、もう1人からは肩に顎を乗せられて取り合いなどされているのか。勘弁して欲しい。
「おい、何廊下で騒いでやがる」
「随分と賑やかな事だね?余程体力が有り余っていると見える、仕事の一つや二つ追加してあげようか」
背後からかけられた声、ナマエ的には最も聞きたくなかったであろうその声に、錆びたブリキが如く振り返る。
「ひ、土方副長、芹沢筆頭局長……」
何ならナマエだけでなく、沖田と斎藤の2人もやべぇという顔をしていた。
「沖田ァ!てめぇはとっとと見回りに行け!斎藤ォ!てめぇもこんなとこでぼさっとしてる暇があるなら他にやる事があンだろうがァ!!」
怒声を浴びて渋々と沖田と斎藤の2人がナマエから離れる。
それぞれ単身、持ち場に戻るのだろう。
「じゃ、じゃあ俺も〜」
そそくさとその場を後にしようとしたナマエの襟首を、土方のごつい手が引っ張る。
「お前はこっちだ」
「たまには隊士に稽古をつけてやるのも、仕事の内か。ありがたく思いたまえ、ナマエくん?」
あ、終わったな。
責務をしていた山南敬助は、部屋に近づいてくる聞きなれた足音に顔を上げた。
「山南さぁん……」
随分と情けないその声音に、山南は思わず苦笑を漏らした。
その浮かべた声音と同じく、顔はしおしおと歪んでいたし、隊服は所々よれていた。
今日も今日とて土方や沖田あたりに捕まったのだろう。いや、今日の疲れ具合からすれば斎藤や芹沢あたりも加わっていたのかもしれない。
そうやって漸く開放されたナマエは、いつも決まって最後に山南の所にやってくるのだ。山南はそれにちょっとした優越感を覚えていた。
ナマエは他の新選組隊士達から好かれている。
剣の腕が特別立つ訳でもなし、目立って頭が良い訳でもなし、至って平々凡々。それでもナマエには黙って人の傍に寄り添ってくれる、そんな優しさと温かさを持っている男だった。
新選組の隊士、それも隊長やらなんなやらを務めている者達は特に一癖も二癖もある者が殆どだ。だからこそ、そんな中で平凡なナマエの存在は、特別なように写ってしまうのだろう。
山南だってその1人だ。
「貰い物のどら焼きがありますから、それをお茶請けに少し休憩にしましょう」
「わぁい、どら焼きだー!」
座ったナマエの前にお茶とどら焼きを差し出せば、ありがとう。と笑ってそれらに口をつけた。
「やっぱり山南さんは一等優しいなぁ。俺、山南さん大好きだわ」
どこか幼い笑みを浮かべて、ナマエが笑う。
「私も、君が好きですよ」
ナマエの頭を撫でてやれば、嬉しそうにその手に擦り寄ってくる。
好きの意味が、ほんの少しだけ違っている事に気付いて欲しいのか、気付かないで欲しいのか。その答えを山南は、今だ持ち合わせないままでいる。