特殊リクエスト企画
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ドンッと腰に何かがぶつかった衝撃に、エミヤは背後を振り向く。
視線の少し下、エミヤの腰に抱きついて来たのは少年と青年の狭間の様な男。
「こら、急に抱きついてきては危ないだろう」
注意するように、フワフワとした栗色の髪を少し乱雑に撫ぜてれば、心底嬉しいというようにその手に擦り寄ってくるものだから、エミヤは困ったように息を吐いた。
彼は名前を「ナマエ」という。
エミヤが知っているのは、ただそれだけ。
気がつけばナマエはエミヤの傍にいた。
勿論最初は警戒していた。素性も知れぬ人を容易く信用してしまうほど、エミヤの警戒心は低くは無い。
けれどそんなエミヤの警戒など何のその、ナマエは無邪気に笑って、エミヤに全面的に好意を寄せていた。
その懐きっぷりは傍から見ても分かりやすいほどに。
武器など握ったことのないような豆ひとつない小さな手、筋肉の少ない薄い体、オマケにほんの少し鈍臭い。そして極めつけはエミヤに対するその態度。
警戒し続ける方が馬鹿らしいと、そのうちエミヤはナマエを警戒するのをやめ、気がつけば絆されていた。
どこにでもいる少し変わっているだけの、普通の存在。
そう思っていたはずなのに、ナマエという存在は、普通とはあまりにかけ離れているのだと気づいたのは、いつだったか。
後ろから抱きついていたナマエの体を、正面へ抱き寄せる。
ナマエの右腕、その肘から下の1部。それから胸元の所々が、まるで物か何かのように、崩れて欠けていた。
いつか聞いたある種の都市伝説の様な話。それを教えてくれたのは、憧れていた赤い少女だったか、それとも他の誰か。
この世には「ドール」と呼ばれる人間と、「プレイ」と呼ばれる人間の2つの特殊な人種がいるという。
ボロボロになるまで愛されて、いつしか忘れ去られ仕舞われた玩具。その玩具が命を得て、人に成った存在が「ドール」
そして遠いかつて、玩具の持ち主だった人「プレイ」
「ドール」は「プレイ」を愛している。
例え自分の存在が忘れ去られていようとも。「プレイ」が「ドール」を崩してしまう力を持っていたとしても、かつて自分を愛し、共に過ごした大切な持ち主を、それでも玩具は崩れ落ちる人の形を得てまで愛している。
あぁ、その話はまるで今のエミヤとナマエの現状とそっくりではないか。
痛みを感じないのか、それとも痛くてもそれを顔に出さないだけなのか、ナマエは崩れている体のまま変わらずに、エミヤを見ては嬉しげに、ふにゃふにゃとした笑みを浮かべている。
むしろそんな本人よりずっと、エミヤの方がその崩れかけた体を見ては、眉根を寄せる始末だ。
これ以上崩れてしまわないように、慎重に抱きしめればそんなこと関係ないと言わんばかりに、代わりにナマエが思い切りエミヤを抱きしめ返す。
エミヤだけに向けられた、心底嬉しいという笑顔。それが今の自分には少し擽ったくて。
応えるように、ほんの少しだけ抱きしめる腕に力を込める。
「ナマエ」
暖かな陽だまりの匂いに、目を細めた。
「士郎〜、私にも抱っこさせてよ〜」
「藤ねぇ、雑に持つから嫌だよ」
士郎の腕の中に収まるテディベア。
ふわふわとした栗色の可愛らしいそれは、いつか切嗣がお土産にと買ってきたものだった。
買ってきた本人の切嗣は、2人の様子を微笑ましげに見つめている。
それは暖かな、陽だまりの中の記憶。
ぎゅうと腕の中のテディベアを抱きしめて笑う。
「ナマエ」
小さな体が、また少し崩れる音がした。