2020バレンタイン企画
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チンッと甲高い機械音が鳴る。
「エミヤ、オーブン開けていい?」
「あぁ、構わないよ。熱いので火傷にだけは気をつけるように」
真剣な顔で頷くと、ナマエはゆっくりとオーブンの蓋を開けた。
ナマエがバレンタインを知ったのは、つい先日の事だった。勿論生前は知る由もないイベントで、マスターによれば好意を抱く人物にチョコを贈る日だという。
普段はそんなイベントは自分に縁のないものだと切り捨てるのだろうが、カルデアに広がる甘い香りがナマエを普段より少しだけ大胆にさせた。
バレンタインに自分も贈り物がしたい。
日頃の感謝を、このカルデアの優しい人たちに伝えたい。
そう決意してナマエがしたことは、エミヤに教えをこう事だった。
バレンタインというイベントやチョコを贈ることは知っていても、その肝心のチョコの作り方を知らない。
最初は何とか迷惑をかけず1人でやろうとしたのだが、料理という行為とはとんと縁のない人生を過ごしてきたせいで、一体何を用意すればいいかすら分からなかったのだ。
そういった経緯があり、今現在2人でキッチンに立っている訳である。
エミヤが提案したのは、初心者でも比較的簡単に作れるチョコチップクッキー。
オーブンから取り出したそれは多少不恰好な物もあれど、初めてにしては上出来だと言えるだろう。
達成感やら感動やらで頬を上気させているナマエに、エミヤも微笑ましい気持ちになる。
「後は熱をとってからラッピングをして、君が大切に思っている人たちへ贈ればいい」
エミヤが事前に用意していたラッピング用の紙袋に、出来上がったチョコチップクッキーをいくつかに分けて詰めていく。
けれど次第に嬉しそうな顔は俯き、とうとう影を落とした。
「……俺から貰って、喜んでもらえる、かな」
ポツリと零れた言葉。
人狼は人から恐れられる怪物である。他ならぬナマエ自信が、それを理解しているが故に怯え強い不安を抱いてしまう。
そんなナマエの頭を、エミヤがくしゃりと撫でた。
「少なくとも、このカルデアで君からの贈り物を喜びはせど、拒む輩はいないだろう」
マスターやマシュをはじめ、カルデアにいるサーヴァントとやスタッフ達の中でナマエに対して偏見を持つものは少ない。
それはみんなが一丸となって人理の為に戦っている今の状況だとか、ナマエの他にも無辜の怪物がいるためだとか、様々な理由があるのだが、1番はナマエ自身が本当は優しいただの子供であるからだろう。
召喚された当初はだれにも心を開かずにいたが、慣れてしまえばその様は中々人に懐かない猫、いや狼だった。
それが心を開き、懐いてくれた時の嬉しさや感動はすごかった。マスターなど「これが母性……いや父性……?」と胸を押え泣いていた。
知らぬは本人ばかりなりとは、この事なのだろうが。
そんなことを思い苦笑を浮かべていれば、ナマエは意を決したように顔を上げ、エミヤを見つめた。
「……じゃあこれ、エミヤにあげるから貰って欲しい」
ずいっとナマエが差し出したそれは、特別に綺麗に出来たチョコチップクッキーだった。
「私でいいのか?もっと他に渡すべき人物がいると思うのだが……」
もっとこれを貰うに相応しい人が居るだろうに、それでもナマエはフルフルと首を横に振る。
「エミヤに貰って欲しい。
エミヤは俺にも、優しくしてくれたり、叱ってくれたり、色々教えてくれるから。これだってエミヤが教えてくれた。
だから俺は、1番にエミヤにあげたい」
ぐっと思わず声が漏れそうになるのを、何とか抑える。
マスターの父性やら母性やらの発言を、バカに出来そうにない。
なかなか受け取らないエミヤの様子に、不安げなナマエに気づき、慌てて気を持ち直す。
「そういうことならば、有難く受け取ることにしよう」
パァァとナマエの顔が輝く。贈り物を贈ってここまで喜ぶ人もいないだろう。
こうなってはとびきりのお返しを用意する他ないだろうと、頭の中でいくつかのレシピを思い出していると、ポツリとナマエが呟いた。
「俺、はじめてエミヤにあげちゃった」
「待ってくれその言い方は誤解が生まれる」
マスターや他のサーヴァント達に聞かれる前に、何とかその言い方をやめてもらえたい。
真剣な顔のエミヤに、ナマエはきょとんと首を傾げた。