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近頃よく夢を見る。
真っ暗な場所に1人ぽつんと立っている、最初はそんな夢だった。
最初は、と言ったのは、夢は日を追う事にその形を少しづつ顕にしていったからだ。
2日目には波の音が聞こえ始めた。
3日目には暗闇から、薄ぼんやりとした紅い光が見えた。
4日目には何かが這いずる音が、聞こえた。
それらは日を追う事にはっきりと形を成し、確実にこちらに近づいてきている。
暗い暗い海の底から近づくそれは、とうとう人の形に似た、けれど決して人ではない、異形の姿でもって、こちらへと近づいてくる。
黄衣を身に纏い、ずるりずるりと蠢くのは蛸のような触手。
顔らしき場所から覗くのは、深淵に浮かぶいくつもの紅い、紅い目玉。
その手がこちらへ伸ばされて、触れる前にナマエは目を覚ました。
次に眠る時、確実にあの手は自分を捕らえるだろう。
その時に一体どうなってしまうのか、まったく恐怖が無い訳では無い。
けれどどこか、あの深紅を美しいと思う自分もいることが驚きだった。
いつもと変わらない日常。
友達と笑い、両親を手伝い、ベッドに潜り込み、そして目を閉じる。
次に目を開けた時、こちらを覗いていたのは深淵に浮かぶ紅。
あぁ、僕はこれを知っている。
それはナマエがまだ7つになる前の事。
その日ナマエは、夜になっても家に帰らないでいた。
親と喧嘩をしたのか、はたまたまだ遊んでいたいと幼心が駄々を捏ねたのか。
理由はよく覚えていない。けれど自分が何を思ったのか、海に向かっていたことだけは覚えている。
その海で、ナマエはそれに出会った。
夜の海の中程に、ポツリと佇む影。
ズルズルと何かが這いずる様な音。
黄衣を纏った名状しがたいそれは、逃げることもせずに立ちすくんでしまっているナマエの方へと、ゆっくり、しかし確実に近づいてきていた。
暗闇の中で薄ぼんやりと光る深紅の目玉が、ギョロリと幼い姿を捉える。
此方へ伸ばされる細い異形の手。近づくその姿に、ナマエはポツリと口を開いた。
「お目目、きれいねぇ」
半ば無意識に漏れたその言葉に、異形の動きがピタリと止まると、次の瞬間にはクツクツと何処からか響くような、たぶん笑い声であろうそれが異形から発せられていた。
「我のこれを美しいと言うか、人の子よ」
「うん。あかくて、光ってて、きれい」
そう答えれば、異形は愉しげにまた笑う。
「良い、良きぞ人の子よ。
貴様らにとって畏怖すべきこの身を美しい等と戯言を吐くのは、その幼さ故か」
異形がナマエの頭を撫でる。
体温の感じられない、冷たい手だった。
その手がするりと頭から腹へと移り、何かを確認するように一撫でして離れていった。
「実に気に入ったぞ、人の子よ
貴様が我を受け入れられるまでに育ったその時、迎えに行こう」
その言葉を聞いたのを最後に、ナマエの意識はプツリと途切れ、次に目覚めた時に見えたのは、病院の白い天井と、ベッドの脇で心配そうにこちらを伺う両親の姿だった。
どうして今の今まで忘れていたのか、否もしかしたら忘れさせられていたのかもしれない。
けれどそれを確かめるすべはない。
あぁ、あの時にはもう自分の未来は決まっていたのかと、ぼんやりと思う。
ずるずると身体を触手が這う感覚に、もう日常へは帰れないのだと理解した。
愛し子の頬を撫で、黄衣の王はその深紅の目玉を満足気に歪ませた。