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その日、棺の中には1人のお姫様が眠りについていた。
傍にいるのは、王子様でもなく、小人たちでもなく、年若い納棺師ただ1人。
納棺師はするりと常に身につけているマスクを取ると、ゆっくりとその唇にキスをした。
……
とある小さな村では今、死がそこかしこに蔓延している。
それは川の上手に出来た工場が流す汚染物質の影響だった。
村民の必死の抗議の末何とか川に流すのを止めさせた時にはもう既に手遅れで、村に生きる物達は次々と病に侵され死んでいった。
イソップ・カールはそんな村の村長に呼ばれた納棺師である。
死人が出ては、一人一人丁寧に死化粧を施し棺に納めていく。それが彼の仕事だった。
そんな中で出会ったのがナマエという男だった。
歳はイソップと同じくらい。
イソップとは違う、花のような笑みの似合う人だった。
他の村民は、イソップの仕事に感謝こそしていたが、死が濃く色づく彼と仲良くしたいと思う者はいなかった。
イソップ自身も、人と交流を測ることが苦手な質であったため別段問題はなかったのだが、そんな中でナマエだけは違かった。
ナマエは何が楽しいのか、よくイソップの仕事を見学に来ていた。
ナマエは必ず棺の中の人へ手を合わせて、それからイソップの邪魔をしない程度の距離を陣取ると、そこでただ静かにイソップが死化粧を施していく様を見つめていた。
そうしてイソップが仕事を終えると決まってお疲れ様と微笑む、そんな変わった人。
「イソップくんに納棺してもらえたら、きっと安らかに眠れるね」
そんな風に仕事を褒められたのはきっと初めてで、イソップは熱くなった頬を誤魔化すようにただ黙って顔を逸らした。
「あのね、僕、お姫様になりたかったんだ」
ある日の夕暮れ、仕事を終えたイソップとそれを傍で見ていたナマエはその帰り道、唐突にそう口にした。
「……ええっと、お姫様、というのは」
「そのまんまの意味だよ」
困惑するイソップに、ナマエはふわりと笑った。
「村の人達には、可笑しい、変だって否定されちゃったんだけどね。
僕にとってお姫様って、キラキラしてて綺麗で強くて憧れだったんだ。
だから僕もいつか叶うなら、素敵なドレスを着て王子様と踊ってみたいんだ……なんて」
やっぱり変だよね、男なのに。そう言って笑うナマエの笑みが酷く痛々しく見えて、気がつけばその場で立ち止まってナマエに向き合っていた。
「そんなこと、ない。……変なんて思わない、ですから」
必死にそう口にするイソップに、ナマエは驚いたように目を見開いて、そしてふわりと笑った。
「そっか、そっかぁ……じゃあいつか、イソップくんが僕に似合うドレスを選んでよ」
約束ね。そう言って差し出された小指に、いつもならしないはずなのに、自分も小指を差し出していた。
それから数日、ナマエも他と違わず病に侵され、そして呆気なくこの世を去っていった。
ナマエの死体を見つめるイソップの腕には、紅いドレス。
ナマエの白い肌や髪に映えるよう選んだものだった。
そうしていつもと変わない、丁寧な手つきで死化粧を施していく。
それをナマエが傍で見ていてくれない。
ナマエは棺の中にいる。
その事実だけが酷く胸に残る。
「やっぱり僕じゃ、王子様にはなれなかったかな」
お姫様は永遠の眠りについたまま。
遠い昔に読んだ御伽噺のような奇跡はおこりはしないのだと分かっていたのに。
するりと頬を撫で蓋に手をかける。
そしてゆっくりと、棺は閉じられた。