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とある本丸に一振の刀が在る。
刀は今、本丸の主たる審神者の刀であるが、かつて刀は人斬りの刀であった。
江戸の後期。
そこそこ良い家柄の三男坊として産まれた主は、どごぞ名の知れた刀匠の刀として後生大事に仕舞われていた刀を勝手に持ち出すと、その足で土佐勤王党に加わり、そうして人斬りと成った。
「刀は斬ってなんぼだもんなぁ」
肉を斬り、骨を断ち。
血と脂でてらてらと光る刀を手に、主はにんまりと口角を上げていた。
「人も、刀も、じっと仕舞われたまんまじゃあ勿体ない」
刀は、肉の身を得る前のただの玉鋼の塊であった頃の刀は、それをどう思ったのだったか。
江戸が終わり、刀が使われる時代も終わり、そうしてその先で肉の身を得て形を変え、再び刀が使われる時代。
目の前で今まさに刀を振り下ろさんとする敵の腕をそれより速く斬り落とし、その勢いのままに胴体を袈裟斬りにすれば濁った叫び声を上げながら敵打刀の身体は黒い霧のように消え死んでいく。
かつてと同じ血と脂で汚れた刀身と肉を斬り骨を断つあの感覚に、刀はにんまりと口角を上げた。
「んふふ」
あぁ、そうだ。
刀は玉鋼であった頃も、肉の身を得た今も、刀はヒトを斬る事が好きなのだ。
今の敵が、時間遡行軍と呼ばれるこれらがヒトと呼べるのかは分からないが。
仕舞われているよりも、使われる方がよっぽど良い。
今さっき殺した敵が最後だったのだろう、辺りを見渡せど他に影は無い。
まだまだ斬り足りないのに、斬る事こそが刀なのに。
ふらりと爪先を動かす。
何処へというあてもなく、ただ他に斬る相手がいないかと1歩踏み出そうとして、けれどその足が動くより前に聞き慣れた声が刀を呼んだ。
「ナマエ」
血の色に似た赤と黒。
刀と同じ人斬りの刀、肥前忠広。
かつての主が同じ土佐勤王党の人斬りであった縁なのか、今は同じ主の刀である2振りは何かと共に居ることが多い。
同じ部隊に編成されていた肥前はきっと、戦闘終わりにいまだ戻らない刀を迎えに来たのだろう。
「……ナマエ」
肥前がもう一度、刀の名を呼ぶ。
それでも刀は動かない。血濡れた刀身を鞘に収めることもせず、肥前を見つめていた。
「今日の晩飯、カレーだってよ」
斬る事が好きだ。斬る事は楽しい。それこそが刀である己の役目で価値だと知っている。
「……鯰尾がさぁ、カレーに目玉焼きを乗せると更に美味しくなるって言ってた。でも骨喰はチーズ方が好きなんだって。どっちのが美味しいんだろうね」
けれど肉の身で得た食事という行為も、刀は、ナマエはそれなりに好きだった。
「両方試してみりゃ分かるだろ」
血を飛ばした刀身を鞘に収めたのを見届けて、肥前はナマエの手を取って他の隊員達の元へと歩き出す。
「じゃあ、最初が目玉焼きで次にチーズ入れて食べようね」
へらへらとカレーについて話すナマエを1度チラリと振り返って、肥前はそっと目を伏せた。
己と同じ人斬りの刀、己と違う人斬りを望む刀。
「陸奥守の奴は、前にソーセージ入れて食ってたか」
「あは、じゃあそれもやろ」
握る手に力を込める。
玉鋼の身とは違う、血の通った温度に息を吐いた。
ナマエが斬る事を望んでいても、それでも肥前はこの手を離すことが出来なかった。