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澄んだ空気に吐いた息が白く広がって消えていく冬の日だった。
唐突に首筋に触れた冷たい指先に思わず声を上げた五条が振り返れば、犯人であるナマエがケラケラと肩を震わせていた。
「おっまえ、笑いすぎだろッ!」
「いや、だって、そんな驚くと思わなくて……あははっ!」
とうとう腹を抱えて笑い出す姿に五条は無理矢理ナマエの冷えた手を掴んだ。
「だいたいお前の手が冷たすぎるのが悪いんだよ、何したらこんな冷たくなるわけ」
無遠慮に手を握る五条にナマエは見開いた目を一瞬緩く伏せると、直ぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「心の優しい人は手が冷たいって言いますし?悟くんは子供体温なんじゃないですかね」
はぁ!?と大袈裟に上げた声。
離れた指先は互いの温度でほのかに熱を持っていた。
遠くで夏油がこちらを呼ぶ声が聞こえる。
そんな1年の終わり、もう12年も前のある冬の日の思い出
開いた獄門疆から出てきた友人の体はあの冬の日の指先より冷たくなっていて、いくら五条が握りしめようが、抱きしめ擦ろうが、ほんの少しも熱を取り戻してはくれない。
それどころか魂すらすり減らしたナマエの体は老朽化した建物の様にボロボロと崩れていく。
「冷え性って言ったって、限度があるでしょ」
ぽつりと零した声に答える声はない。
「エイプリルフールの嘘って午前中の間だけなんだって、伏黒知ってた?」
いつだったか耳に届いた1年生達のたわいのない雑談に、あの夕暮れの教室が頭に蘇った。
『好きです、付き合ってください』
あの言葉は、あの告白は
「ねぇ、あれさ、僕が嘘にしちゃったわけ?」
お前、今までどんな気持ちで僕のそばに居てくれたの。
思い出すナマエの顔は、いつだって五条の友人として笑みを浮かべていた。
聞こうと思えばいつだって聞くことができたのに、それをしなかったのはナマエはこの先も変わらずに隣にいてくれるだろうという慢心と、この友情が終わってしまうのかもしれないというほんの少しの心の靄。
あぁ、でも、とナマエの頬を撫でながら思う。今更聞いたとて、ナマエはきっと五条のそんな気持ちを見透かして「嘘に決まってるじゃん」なんて笑うのだろう。
そうしてその笑顔の裏で、ナマエは傷を負っていたのだろうかと。
「それでも、やっぱりさ……」
家入が名前を呼んでいる。
五条はナマエの体のほとんどが崩れてしまっても、手放すなんて出来なかった。
飛行機の走行音
いつか訪れたことがあるような空港に、懐かしい制服を身にまとった親友と後輩達の姿。軽やかに言葉を交わしていた五条は、少し先に立つ同じく制服姿の友人を視界に捉えて勢いよく立ち上がった。
「久しぶり、って感じでもないか」
へらりと眉を下げて笑うナマエの元へ、五条は短い距離をそれでも勢いよく駆け出した。
言いたい事が山程ある。
どうして庇ったのかだとか、自分なら確実に獄門疆の中から無傷で出ることができたのに、だとか。
それでもナマエが五条を庇って獄門疆に封じられたからこそ、渋谷での被害を最小限に抑える事が出来たのも事実で、きっとそうする事こそがあの時あの場所にいた呪術師として最良の選択であったのだとは分かっている。
それても理解っていることと、納得することは別だ。
それでもそれ全部を飲み込んで、五条は強く熱を確かめるようにナマエの体を抱きしめた。
「俺の事、好きだったの」
はくり、と息を呑む音がする。
4月1日の教室、全てを嘘にしてしまった日。
ナマエの反応が、痛いほどにあの日の真実を語っていた。
「もう1回さ、告白して」
ちゃんと返事、するから。
真っ直ぐにナマエの目を見てそう言った。
「……悟くんさ、結構残酷なこと言ってるって自覚あります?」
困ったような顔で笑うナマエの頬を、五条の指が撫ぜていく。
友人らしからぬ触れ方に、ナマエが目を見開いた。
「ちゃんと返事、させろよ」
見開かれた目に滲んだ涙の膜がきらきらと光を反射して、五条は初めて人の涙を綺麗だと思った。
酷いなぁ、と笑ったナマエの頬をぽろりと1つ涙が伝う。
「五条悟」
ただ名前を呼ばれただけ、それだけなのにまるで景色がゆっくりと動きを止めていくようで。
「貴方が、好きです」
止まってるはずの心臓が、なんだかひどく音をたてているような、そんな気がした。