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その日、五条本家に分家から数人の子供が訪れていた。
子供はみんな男の子で、年齢は上から10代前半から下は5歳まで。
そんな中で五条悟がその子供を選んだのは、消去法だった。
「ナマエと言います。悟様のお役に立てるよう、精一杯頑張りますので、よ、よろしくお願いします!」
つっかえながらも真っ直ぐにこちらを見つめる瞳はキラキラと輝いているように見えて、心の奥底で、こんな雑魚が何の役に立つのだろう、とは思ったが悟は何故かそれを口にする気になれなくてぶっきらぼうに「おう」とだけ返したのだ。
そうしてその日から、五条家だけで構成されていた五条悟の世界にナマエという自分より2つ下の子供が入り込んできた。
「悟くん、新しい双六作ったから、一緒に遊ぼう」
いつから呼び名が「悟様」から「悟くん」へと変わり、こうして笑って額を突合せて遊ぶようになったのだろうか。
ナマエが入り込んできた五条悟の世界は、悟にとってはとても良いものへと変わっていた。
ナマエの術式は、端的に言えば「縁結び」だ。
ナマエの目には縁の糸が見えていてその意図を結んだり、反対に切ったりすることが出来る術式。
それは人と人との縁だけに限らず、様々なモノとの縁を結ぶことが出来た。
例えば物ならば、悟が欲しいゲームがあったとして、そのゲームと悟との縁を結ぶとまるでトントン拍子のように、何らかの方法でいつの間にかそのゲームを入手出来てしまう。そういった術式なのだが、一見とても便利なもの思える術式には勿論デメリットも存在する。
簡単な縁ならそれを弄ることに問題は無いが、強力な縁、分かりやすく言えば「運命の赤い糸」などと言ったその人の人生に大きく影響を及ぼす縁を弄る場合、反動で術者への負担が大きくなり、下手をすれば死に至る。
ナマエが本家へ連れてこられたのもこの便利な術式があるからで、ナマエはこの術式を五条家、及び五条悟の為に使うようにと命じられている。
悟にとってナマエは「自分に媚び売る雑魚共の中でも使える雑魚」という認識だった。
けれど、目の前で賽子を振るナマエを見る。
自分よりずっと小さくて、ふわふわと笑って後を追いかけて来ては遊ぼうと笑いかける姿に胸がキュッとなって。
その手を引いて一緒に走って笑い合うのが楽しくて。
「次、悟くんの番だよ」
「ん」
ナマエは弱いから、守ってやらないと。
だから自分がずっと一緒にいてやるのだと、それが自分より年下で弱いナマエに対する庇護欲なのか、ただ単に兄ぶりたいだけなのか、それとももっと別の気持ちからなのかまだ幼い悟には分からなかった。
「メールするから絶対返事しろよ。お前も何かあったらすぐ俺に連絡すること!それから」
「もう、最近そればっかりなんだから悟くんは」
春から呪術専門学校へと通うことになった悟は、年下が故に一緒に行くことが出来ずこの家に置いていくしかないナマエに対して少し過保護な程にナマエに言い聞かせていた。
良くいえばおっとり、悪くいうと鈍臭いナマエが汚い呪術師の大人達にいいように利用される様が悲しいかな悟には容易に想像出来てしまうのだ。
まぁ、そんな性格のナマエだからこそ悟と上手くやれているのだが。
「悟くんは学生生活、楽しんでね。それでお話たくさん聞かせてね」
悟の心配など気にもとめずに呑気な顔でそう笑うナマエに、悟はしょうがないとため息を吐いてから、わしゃわしゃとナマエの髪を掻き混ぜてやる。
「ま、なんかあったら俺が助けに来てやればいいか」
だって己は誰よりも強いのだから。
傲慢に、けれど確固とした事実として悟はそう知っていた。
きゃらきゃらと笑う声とこの温かさに暫く触れられないのがほんの少し寂しくはあるけれど、悟がそれを口にすることはなかった。
そうして悟は入学した先で、唯一無二の親友を、青い春を得た。
「そんで寝てる傑のデコに肉って書いたらあいつ気付かないでそのまま任務行ってさ」
ついこの間まで変な前髪のクソ正論野郎などと悪態をついていたというのに、今では電話越しでも分かるほどに楽しげに学校での話をする悟にナマエもクスクス笑みを漏らした。
「お前が入学する頃には俺ら3年だろ、先輩として色々教えてやるから楽しみにしとけよ」
「ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いしますね、先輩」
そっと手元に視線を落とす。
ナマエの掌の上には数本の糸が絡みついている。
それのどれもが悟に関係するもので、その縁の糸をするりと撫でながらナマエは目を細めた。
五条家の人間と御三家の人間、どれも呪術師としての利己的な関係の糸でしかなかったそれらの中に加わった悟への新しい糸。
ナマエはそれが嬉しくて、だけどなんだかほんの少しだけ寂しかった。
蝉の鳴き声が聞こえはじめる初夏の頃だった。
いつの頃からだったか、ほんの少し、ほんの少しづつ、悟と親友だという彼との縁の糸がほつれていっていたのは。
ほつれて歪に変わる糸の色。
それが良くないことであるには気が付いていた。そしてその運命の力がとても強い事も。
「2人は親友、なんだもんね」
ナマエは悟の事が大好きで、大切だった。
本家の人間に言われたからでも、分家の人間であった両親達から言われたからでもない。
確かに最初はそうだったのだろう。最強故に傲岸不遜な悟が苦手でもあった。
それでも、それでも守ってやると言ってくれた背が、遊ぼうと繋いでくれた手が、無邪気に笑った顔がナマエにとっての世界で。
家のためでも、誰かのためでもない。
ただ自分のために、その世界を守りたかった。
ふっと笑みを浮かべて、ナマエはその糸に呪力を流した。
倒壊した建物となぎ倒された木々。えぐれたグラウンドを背に大の字に寝転んでいるのはこの惨状を作り上げた2人の生徒は互いにボロボロで、けれどひどく心は凪いでいた。
最早殺し合いとまで呼べるような、今までにない程の盛大な喧嘩だった。
膿んだ心の傷口をさらけ出して、ぶつけ合って、倒れ込む。
グラウンドに響くどちらともない笑い声。その日悟は久方ぶりに親友のこんな笑い声を聞いた気がした。
問題は多く残っているけれど、2人ならきっと超えていける。そんな確信。
そんな2人をもう1人のクラスメイトが呆れたように笑って見ていて、担任の怒鳴り声が聞こえてきて。
「は」
畳の上に倒れるナマエの姿がそこにあった。
夏油と盛大な喧嘩をした日の翌日。
悟は己にナマエからの呪力の糸が繋がっていない事に気がついて、ザワつく胸中のままに帰った悟を出迎えたのはピクリとも動かないナマエの姿。
そんなはずはない。
そんなはずは、ない。
だってナマエは弱いから、悟が守っていたというのに。
そこで、あぁ、と唐突に気付く。気付いてしまう。
ナマエが悟に術式を使ったのだと。それがどういった運命なのかは分からない。けれどそれが死に至る程に強力なものであったのは確かで。
口の端に乾いた泡の跡と、変色して壊死した指先。呪力の流れも、血液も、何もかもが止まっていた。
なによりも己の六眼がナマエの死を写している。
ナマエは与えたれた離れの小さな部屋で、独り死んだというのか。
「……ナマエ」
名前が冷えた空気にただ解けて、返ってくることはない。
抱き上げた体は悲しいほどに軽くて冷たくて、微塵も悟に生を感じさせてはくれなかった。
来年にはナマエも同じ呪専の制服に身を包んで、先輩らしく振舞ってやるつもりだったのに。
傑と硝子、七海と灰原にも紹介して、ゲーセンにも連れて行って、買い食いもして、自分が過した青い春をナマエも過ごすはずだったのだ。
「ナマエ、起きろよ、なぁ」
返事はない。
ガラガラと世界の壊れることがした。