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いつも握る刀とは違う淡い色を手にした男、大包平を見上げナマエは首を傾げた。
「どうしたんです、これ」
「遠征先で拾った」
目の前に差し出された桜の枝は、膨らみ始めた蕾とまだ開いたばかりであろう薄紅色の可憐な花とが混じっていて、花瓶にでも活けてもう1日、2日もすれば丁度手元で満開の見頃が味わえるであろう見事なものだった。
夜の間に強風に煽られて折れたのだろう、と拾ったその桜の枝をナマエへと手渡すと大包平はどこか満足気な笑みを浮かべてそう言った。
この古備前派の刀である大包平と、打刀であるナマエはかつて同じ池田家に在った刀であり、今は同じ審神者を主と呼ぶ仲の刀剣男士だ。
そんな関係にあるにしろ、何故これといった逸話もなく何か秀でた特徴もない自分に日本刀の横綱だ最高傑作だと称される大包平が良くしてくれるのかは分からないが、それを口にするとその男前な顔を歪めてしまうので黙っているが。
「花瓶の類は持っているか。無いなら俺のを持ってくるが」
「え、あ、ここに飾るんですか」
こちらには見せるために持ってきたのだと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
主か鶯丸へのお土産かと、と零せばむっと大包平の口元が歪んだ。
「主はまだ分かるが、鶯丸は何故だ」
「お茶とくれば花見かと」
「彼奴は花なんてなくとも、常に茶を飲んでいるだろうが」
確かに簡単に脳裏で茶をすする姿が思い浮かぶが、それならばますます何故自分に桜を持ってきたのかが分からなかった。こんなに見事なものなのだから、それこそ大包平の自室に飾れば良いものを。
「桜を見た時、一番に思い浮かんだのはお前の顔だった」
「へ 」
唐突なその言葉に間抜けに息が漏れる。ブレることなく真っ直ぐに見つめる視線が自分を射抜いていて思わず体がたじろいだ。
「桜だけじゃない。美しいものを見た時、美味いものを食べた時、思い浮かぶのはいつだってお前の顔だ。
だから、お前に桜を渡したかった」
そう言った大包平の慈しむ様にゆるりと細まった瞳は未だに逸らされることなくナマエを見つめ続けていて、柔らかく弧を描く唇が新たに言葉を紡ぐ前にとうとう耐えきれなくなってナマエは勢いよく掌で顔を覆った。
「ど、どうしてそう恥ずかしげもなく……ッ!これだから大包平は!」
「なっ、ど、どういう意味だそれは!?」
何故この大包平という男はこうも真っ直ぐに言葉をぶつけてくるのか。
顔に集まる熱を見られる前に勢いよく立ち上がる。自身を振るう分には便利な人の肉体は、こういう時にあまりに不便だ。それが嫌だという訳では無いが、簡単に認めるには癪ではあった。
「……それに、だな」
まだ続けるのかと半ば睨みつけるように顔を上げれば、目線をどこか斜め下に逸らす彼の珍しい姿に目を見開いた。
「これがあれば、またお前に会いに来る理由になるだろう」
それ故に持ってきたのは花開いた桜の枝ではなく、まだ蕾の桜の枝なのだと。
彼の耳が桜よりも濃い朱色に色付いていることに気が付いて、はくりと息を呑んだ。
「……花瓶、貴方の部屋にあるんですか。
生憎と私は持っていないので、責任持って貸してください」
「え、あ、あぁ、分かった」
そうして桜の枝を手に立ち上がる。
「別に、理由がなんてわざわざ作らなくても、ただ会いに来てくれればいいのに」
心臓というものは、こうも煩くなるものなのか。
それもこれも全て桜が花開くその時を楽しみにしているためだと思いたい。
そしてそれは彼も同じなのだと、今はそう思っていたいのだ。