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同僚の刑事である真下悟という男は口が悪くて皮肉屋な癖をして、根は優しく誰よりも正義と真実を追い求めるような人だった。
だから彼は犠牲者が多く出たH小学校での事件を1人で追い続け、H小学校と繋がりのあった上層部の人間にセクハラをでっち上げられてクビにされてしまったのだけれど。
最後の日、元気でやれよ、と薄く笑った真下の顔に胸中の嫌なざわつきが止まることなく、草臥れたコートの背を掴むことも結局最後まで出来なかった。
ナマエと真下の関係など言ってしまえば友人兼同僚などとよくある関係ではあったが、ナマエは真下の事が好きだった。
元々同性愛者であったナマエだが、それでも男であるならば誰でもよかったというわけでは決してない。真下だから好きになった。
けれどそんな想いなど言えるはずもない。学生時代に虐められ経験がトラウマになって、真下にあの冷たい差別の目を向けられるのが怖かったのだ。
真下はきっとそんな事などしないと分かっていたけれど、それでもナマエは言えなかった。
言えなかったけれど、それでもふと思ってしまう。
もしも、受け入れて貰えたならばと。
そしたら刑事を辞めた後でも、同僚という関係を失った後でも何の口実もなしにただ会いたいからという理由で彼に会いに行けたのだろうかと、そんなことを考えずにはいられなかった。
そんなどうしようもないことを日々考えて、真下が居なくなってから数日も経たないうちの深夜の出来事だった。
「ふざけんなっ!ふざけんなっ!ふざけんなっ!」
半ば叫び声に似た罵声を浴びせながら馬乗りになった男が手にした包丁を何度も腹に突き刺す。その度に溢れて零れ落ちる血肉と酷い痛みに意識がめちゃくちゃになっていく。
帰り道、人気のない路地裏での強襲だった。
男はいつの日だったか真下と共に捕まえた強盗事件の犯人で、出所後の逆恨みに襲われたのだと、どこか冷静な脳裏がそう現状を弾き出した。
いつもだったら背後の気配にはある程度気を配っていたはずなのに、どうにも真下がいなくなってから気もそぞろになってしまっていたのかもしれない。いや、そうなのだろう。
その有様がこれだ。真下が知ったらきっと怒られてしまう。
あぁ、本当に、こんなことになるのならば言えば良かったのかもしれない。
どうせ警察官を辞めさせられた真下に会うことがほとんどなくなってしまうのだから。
もし断られ、最悪嫌われてしまっても、傷ついてそれで終わりに出来た。
「あ、あははっ!ざまぁみろ!!次は真下!あのふざけたクソ刑事だ!!」
狂ったように笑いながらフラフラと立ち去る男の背がそう言うのが確かにこの耳に届いた。
あぁ、それは駄目だろう。
守らなければと、この男を野放しにしてはいけないと、ただその思いだけがもうほとんど死にかけの体を立ち上がらせていた。
ズタズタになった腹から赤黒い何かがボタボタと落ちていくのをそのままに、背後から男の首に腕を回して締め上げる。
「あ゛、ひっ、なんっ、で、はな、せっ!!」
暴れる体を締め上げて、締め上げ続けて、そのうち男は歪な呻き声を1つ残して首をごきりと妙な方向に曲げながら息絶えていた。
腕を離せば糸が切れた人形のように地面へ崩れ落ちる男の体をぼうっと見下ろす。
頭の中が霧がかっていて、思考が上手くまとまらない。
そんな中で唯一、あの草臥れたスーツを着た後ろ姿が思い浮かぶ。
心の中に残った後悔が胸を締め付けて、重い足を引き摺ってあてもなく歩き出す。
ぼたぼた、ぼたぼた
歩く度に延々と血が零れて、そのうち腹から飛び出だ臓器だかなんだかがブラブラと揺れていた。
ぼたぼた、ぼたぼた
あぁ、会いたい
真っ黒いスーツの背が、血の跡を残しながら夜の闇に消えていった。
「は?」
爽やかな朝と呼ぶには重々しい口調のニュースキャスターが読み上げたニュース原稿の内容に、真下はそう呆然と一言零した。
――本日未明、H市市内の路地裏にて男性2名の遺体が発見。
内1名はH警察署のナマエ巡査と判明。
警察はこの事件の詳しい内容を……
ガシャンッ、と乱暴な音を立てながらまだ口をつけたばかりの珈琲の入ったコップを机へ置くと、コートラックから勢いよく取ったコートと最低限だけの荷物を手に真下は外へ飛び出した。