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ゲームやドラマ何かでしか見たことがないような壁に設置されたいくつもの液晶画面に映るのは、トレーニングウェアに身を包んだ高校生達が必死な顔でトレーニングに興じる姿で、何故だかナマエはその様子を幼馴染でありこの施設の監督役である絵心甚八の足の間にホールドされながら眺めていた。
この施設の名前は「青い監獄」。
日本をW杯優勝に導くため次代のFWを作り上げる為の育成施設である。
絵心はそこに雇われた監督役、育成者であるのだが当初その話を絵心から聞いたナマエは幼馴染の新たな門出に「おー、頑張ってね。W杯優勝楽しみにしてるわ」とエールと共に送り出したはずが何故だか自分もこの青い監獄のスタッフという名のほぼ絵心専用雑用係として雇われていた。
あんまりにもな急展開、いきなりの暴挙に拳ひとつで絵心の元に殴り込みに来たナマエに対して絵心はいつもと変わらない涼しい顔で「でもナマエ、新しい上司と反りが合わないから転職したいってずっと愚痴ってたよね」の言葉と共に差し出された契約書の給与欄の数字を見て大人しく拳を下ろし今に至ったのだが、それはそれとしてこの構図はあまりよろしくないだろう。
ナマエより頭一つ分よりちょっと大きい189cmある絵心は完全にナマエの頭を顎置きにしていて、その背に見合ったスラリと伸びる長い手はナマエの腹の前で組まれていてまるで逃がす気がない。そのポーズだけ見ればテディベアとそれを抱きしめる人なのだが、如何せんどちらも30代男というのが胸にくる。
「甚八、甚八ちょっと」
「何、ナマエ。俺は今ちょっと忙しいんだから、大人しくしてて欲しいんだけど」
もぞもぞとどうにか抜け出そうとするナマエの腹に絵心の手が抱きしめるみたいにまわされて余計に抜け出せなくなった。というか絵心が喋る度にナマエの脳天に振動が伝わってちょっと痛い。
「別にほら、誰が見てる訳でもないんだからさ。気にするだけ無駄でしょ、家でも普通にやってたんだし」
その言葉の通り、ナマエと絵心はちょっと、いやかなり距離感の近い幼馴染だった。
どちらかと言えば人懐こい方のナマエに対して絵心はサッカー以外興味ありません。なんて普段は唯我独尊エゴイスト人間であるのだが幼馴染のナマエには普段は広い彼のパーソナルスペースが彼を知る人が見れば2度見する勢いでぎゅんと縮まっていた。それが故のこの始末。いやこれは幼馴染の距離感ではないだろう、と誰もが思うのだが幼少期から絵心と共に過ごし彼に丸め込まれたナマエは残念なことにその違和感に気が付けない。
むしろナマエに教えようとしてきた相手は絵心に潰されてきたのでこれから先もたぶん気が付けない。
「いや、でも一応外でこれは……いつ人が来るか分からないし。アンリちゃんとか……」
「アンリちゃんは入る時に一声かけるでしょ。その時に離れれば問題なくない?それ以外でナマエが嫌な事あるわけ」
そう言ってモニターを見つめていた絵心の黒々とした瞳が、うぅんと唸るナマエを見下ろす。
心地の良いお互いの温もりと、トクトクと伝わる心音。別に嫌では無い、むしろ落ち着く類のそれら。
絵心の節くれだった長い指がナマエの髪をサラサラと梳く。
「まぁ、じゃあ別に……いっか……」
そうしてやっぱりいつもの如く丸め込まれたナマエを見て、絵心がにんまりと笑う。
相変わらずチェシャ猫みたいに笑う奴だな、なんて思いながらナマエは絵心の胸に頭を預けた。
まぁ、当の絵心はアンリが部屋に入ってきたとしても、離れるつもりは毛頭ないのだが。
絵心甚八という男にとって、ナマエという幼馴染の存在は特別だった。
そんな絵心がナマエに、幼馴染以上の特別な感情を抱いているのだと自覚したのは割と早い段階で、その頃から少しづつナマエとの距離を物理的に詰めていった。その方が自分もナマエと触れ合えるし傍から見て牽制にもなると思ったから。
そんな絵心の思惑など欠片も知らず、ナマエは絵心に抱かれながら今では安心しきってうつらうつらと船を漕ぎだすまでになったのだ。
サッカーのことばかりな自分に呆れるでもなく、「甚八は本当にサッカーが好きなんだね」と笑ってボールを蹴り返したのがナマエで、サッカーを辞めた時にも特に慰めも同情もなく傍にいたのもナマエ。
絵心の人生にはサッカーと一緒にナマエがいた。それが絵心にとっての当たり前。
だから、この青い監獄で己が育てたエゴイストが日本にW杯優勝をもたらすその時も、絵心の傍にはナマエがいないと駄目で、だから絵心はナマエをこの青い監獄に連れ込んだ。
音も立てずに静かにナマエの旋毛へ唇を落とす。
男の長年積もり積もったまだ執着を知らないのは、ナマエただ1人なのだった。