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「あ、あのさ、俺の事、覚えて……る?」
座り込んだナマエを前にそう言ってもじもじと何やらもごつく男を見て、返事をするより先によくある紙パックのミルクティーを啜った。
ナマエとこの男、杉元佐一は完全なる初対面である。
けれどナマエは初対面の杉元の名前を自己紹介されずとも知っていた。
けれどそれは今の話ではなく前の話。所謂前世の記憶、とかいうものだ。
北海道、アイヌの金塊を探す旅にナマエは己の所属する第七師団を裏切って同行していた。理由は単純明快、軍の為に使う金より自分の為に使う金が欲しかったから。ナマエは自他ともに認めるクズだった。まぁ、でも結局その旅の途中でナマエは死んでしまったわけなのだが。
そんなはちゃめちゃだった旅の中心人物がこの目の前の男、杉元佐一だった訳だ。
どうやら前世を覚えているのは、ナマエだけではなかったらしい杉元の質問に、内心眉をひそめた。
昼も夜も働けて、他より給料が良かったからという理由でバイトをしていたコンカフェの休憩中。店唯一の喫煙所、と、勝手にナマエがそう決めた路地裏でミルクティー片手に煙草をふかしていた所、こうして何故だかたまたま通りがかった杉元に見付かり、今に至るという訳である。
ナマエはぼんやりと、こいつこの現代でも顔に傷あんだな、なんて思いながらにっこりと営業用スマイルを浮かべた。
「はぁ、人違いじゃないですかね?お兄さんみたいな人、1回見たら忘れないでしょうし……それとも新手のナンパですか」
「い、いや、違う!違うよ!?」
大袈裟に首を振る杉元を横目に、ナマエは煙草をコンクリートに押し付けて消すと、携帯用灰皿に押し込んだ。
前は金塊欲しさに第七師団を裏切り旅に無理矢理同行していたナマエを誰よりも警戒していた杉元が、随分と丸くなったものである。
落ち着いたのか杉元がどこか寂しそうな顔を浮かべて、そっか、覚えてないのかと呟いたのを見て、ナマエは小さく首を傾げた。
旅の終盤はそれなりに、信用はされなくとも、信頼を置かれるまでにはなっていたが、こんな感じだったろうか。
「じゃあ、俺、休憩終わるんで」
立ち上がったナマエの腕を、咄嗟に杉元が握る。杉元自身も思わず、といった風なのだろう。驚いたように目を見開くと、真っ直ぐにナマエを見つめた。
「俺、さ……前にアンタに助けられたことがあるんだ。覚えてないだろうけど」
ナマエはそれに黙って見つめ返した。
杉元が言っているのは最後の最後、あの列車でのことを言っているのだろう。
あの列車の中で、ナマエは杉元を庇って死んだ。
ナマエは善人ではない。金塊のために第七師団を裏切りもしたし、杉元達との関係だって結局はギブアンドテイク。金塊を得るための一時的なものだ。
それでもあの時、あの場でナマエが杉元を庇ったのは、今杉元が死ねばアシㇼパが暴走しかねないという後々の面倒くささとほんの少しの情。あとは単純にここまできて第七師団というか鶴見中尉が良い思いをするのはちょっとムカつく、なんてただそれだけの勝手な理由で、ナマエとて別に死ぬつもりはなかったが当たりどころが悪かったというやつだ。日頃の行いが悪かった。
それでも命を救わた側の杉元にとっては、大きな意味があったらしい。
だからその、さ、なんて必死に言葉を紡ごうとする杉元の顔は真剣そのものだった。
「お礼とか、したくて……また、会ってくれないかな……」
どんどんと萎んでいく言葉尻に、ナマエが小さく吹き出すと、杉元は顔を真っ赤に染めて笑うなよ、なんて睨んでくるものだから、その不死身の杉元らしからぬ迫力のなさにナマエはとうとうケラケラと声を上げて笑った。
「やっぱりナンパじゃん」
「だっ、だから違うんだって!!」
くつくつといまだ肩を震わせるナマエにブスくれた杉元へスマフォの画面を差し出す。
そこに写るメッセージアプリのQRコードに杉元はパッと顔を上げた。
「お兄さん面白いから、お友達からなら良いよ」
なんて冗談めかして笑う。
どこかぼんやりしたままナマエを見つめて動かない杉元の前でスマフォを振ってやれば、慌てた様子で自身のスマフォを取り出して軽やかな電子音を鳴らした。
「お礼は焼肉で良いよ〜」
絶対誘うから!なんて言うの言葉を背に、ナマエはひらりと手を振って今度こそバイト先へと戻った。
出来れば面倒くさいそうなので前世の面子には会いたくなかったのが本音だが、杉元1人だしタダで焼肉食えるならいっかと思うナマエはやっぱり今世でもクズなのだ。
ちなみに後日バイト先に客として来た杉元が、コンカフェ、ナマエの働いているところはちゃっちい執事カフェだが、で執事コスプレで接客するナマエに顔を赤くして常連客になり、あげくどことなく熱視線を向けられてタダ焼肉より面倒くささが勝ったナマエはほんの少し連絡先を交換したのを悔やんだのだった。