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庵歌姫は五条悟の事が好きではない。むしろ苦手、いやいっそ嫌いだと言っても過言ではない。
素で先輩を煽ってくるような後輩を、誰が好きになれるというのか。少なくとも歌姫は無理だった。
そんな五条を苦手としている歌姫だったが、とある1点においては彼に同情していた。
それはナマエという、とある呪術師の男に恋をしたことだった。
呪術界御三家、相伝の無下限術式と六眼の抱き合わせを持つ自他共に認める最強で名誉も金も地位もあり見目も良い。本人が望まずとも相手など選り取りみどりの筈なのに、何故そこを選んでしまったのかと歌姫は心底頭を抱えた。
ナマエという男は歌姫の同期で、遠慮もなしに言うならば所謂人間のクズと言われるタイプの男であったのだ。
歌姫が可愛がっている後輩の家入硝子は五条の事をクズだと言うが、というか歌姫もそう思っているのだが、ナマエはまた五条とは別方面のクズで、歌姫は何故自分の周りにはこんな男しかいないのかと、思わず深くため息を吐いた。
「なぁに歌姫、ため息吐いてると幸せ逃げるよ?」
「誰のせいだと思ってるのよ、誰のせいだと!」
チェーン店居酒屋の半個室で、えー、おれぇ?なんてケタケタ笑いながら唐揚げを頬張る同期に、歌姫はグッと眉間に皺を寄せて酒を煽った。
「あはは。まぁ今日は奢るからさぁ、好きなだけ食べて呑んでよ。お小遣いいっぱい貰ったからさ。あ、でも歌姫酒癖あんま良くないから呑みすぎはだめだよ」
「うっさいわね、一言余計なのよ!
ていうかほんとアンタいつか後ろからグサッといかれるわよ」
「そん時はお見舞い来てね、歌姫」
会話の節々から感じとれるように、ナマエという男はクズはクズでもヒモとかそういう類のクズ。まぁ呪術師として働いている分マシな方ではあるのだろうが。
向かいでレモンサワーに口をつけるナマエは整った顔立ちをしている。ゆるりと垂れ下がったアンバーブラウンの瞳にショートパーマがあてられたふわふわとした髪と常に浮かぶ軽薄そうな微笑み。その呪術師にしては珍しいタイプの甘い見た目に加えて、ナマエには人たらしの才能があった。
呪術界にいる人間は大抵ストレスを抱えて生きている。命懸けの任務で呪霊を払い、腹の探り合いの人間関係で心を疲弊させていく。
そんな疲れきった心にするりと入り込むのがナマエは上手かった。
結果的にセフレとかパパ活ママ活とかそんな類のお小遣いをくれるような都合のいいオトモダチがナマエには沢山出来ていた。
「なんで五条はアンタみたいなの好きになったのかしら。五条にはそういうモーションかけてないんでしょ」
「悟くんには悪いけど御三家のゴタゴタとか面倒だし、おれそこら辺には手出さないようにしてんだよね。だしても女の子か当主の争いから遠い人選ぶし
そもそも本気の恋愛事に発展するような気持たせるみたいな事、おれしないようにしてるんだけどなぁ」
ナマエはセフレだなんだといった関係は作れど、特定のただ1人の恋人というものは作らなかった。本人が面倒くさがりで縛られることを嫌ったからだ。
「同じ先生同士で話したりするんでしょ?ちょっと歌姫そこら辺聞いてみてくんない」
「絶対嫌。どこに地雷あるか分からないのに下手に薮蛇して馬に蹴られたくないから、私」
ナマエに恋する五条は、五条を知る人間からすれば有り得ないと目を疑う程に健気なものだった。
歌姫が知る限りでは、呪専時代から五条はナマエに片想いしていた様に思う。
そこから今に至るまで五条は一途にナマエの事を想い続けているのだ。
歌姫はつい先日、五条に頼まれた内通者探しの途中経過連絡をした日の会話を思い出していた。
さっさと通話を切りたい歌姫を、らしくない五条の声が呼び止める。
『あの、さ.......ナマエ、元気してる?』
五条が歌姫にナマエの事を聞いてくるのは珍しい事ではなかった。
歌姫とナマエは互いが互いに肉体的、恋愛的関係になる可能性は無いと言い切っていたから。
歌姫はナマエのクズさ加減を知っていて、その上でそういう関係になろうとする程バカではなかったし、ナマエもナマエで歌姫にそう思われていることを分かっていて手を出す程困っても飢えてもいなかった。
年に1回か2回呑みに行くそこそこ仲の良い腐れ縁的な同僚という関係止まり。けれどそんな関係だからこそナマエは歌姫の前では素を晒していることが多かった。
五条はそれを知っていて、歌姫に聞いてくるのだ。
『あー、まぁ、相変わらずよ、相変わらず』
『そっか。何か欲しいものとか聞いたりしてない?』
その質問に歌姫はあー、と声を漏らす。
前に同じ質問をされた時、歌姫がなんの気はなしに「そういえばこの前、ウブ〇とかいうブランドの腕時計が欲しいって言ってたわよ」なんて答えた次の日にはナマエからやべぇという一言と共にウブ〇腕時計を巻いた自撮りが送られてきていた。
ちなみに後からその腕時計の値段が100万近くすると知り、歌姫は震えた。
『そ、れも特には聞かなかったわね』
嘘だ。
本当はカル〇ィエの指輪が欲しいのだと聞いていた。
けれどまたここで歌姫が素直にそれを言えば、次の日にカル〇ィエの指輪をはめたナマエの自撮りが送られてくることを歌姫は学んでいた。
『そう、残念』
残念ってなんだ残念って、もう腕時計だけで100万近く貢いだんだろうが。
ぐっと顔を歪める。もう歌姫はさっささと通話を終わらせたかった。
『.......もういいかしら』
『あ、待ってよ。最後に一つだけ』
まだあるのかと息を吐くと、電話の通話口越しに五条も息を吐いているのが聞こえた。
『ナマエさ、僕のこと、何か言ってたりしなかった』
ないわね、と返えした言葉に落ち込んだような五条の声音。
想い人たる当の本人のナマエはそんなやり取りがあったなど露知らず、呑気にあおさの味噌汁を啜っていた。
「おれ、これ地味に好きなんだよね」
「.......これに恋してる五条に同情するわ」
「あおさの味噌汁好きはダメってこと.......?」
違うわよ、なんて痛む頭を抑えながらハイボールを煽った。