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「五条、お前いい加減にしろよ」
厳しく睨めつける視線と冷たい声音に、五条は青い目を見開く。
そのまま固まって動くことない五条を放って、ナマエはパタリと読みかけの本を閉じると教室を後にした。
4人ぽっきりのクラスメイトだからとか、友達だからとかもうそんなこと知るか、と思う位にはもう限界だったのである。
それはもう、何度も我慢してきた事だった。
「お前、また本読んでんのかよ!雑魚なんだからそんな暇あんなら鍛錬のひとつでもしろよな」
「あ?」
任務のない麗らかな午後の教室で本を読んでいたナマエにそう声をかけたのは、クラスメイトである五条悟だった。
確かに特級呪術師なんて規格外のお前からみたらそこらの呪術師は殆ど全員雑魚だろうよ、なんて思ったが口には出さなかった。呪術高専でこの五条悟という男に出会い早2年、そんなこと言うだけ無駄だと学んだからである。
「まぁ、しょーがねぇから?この俺が直々に特訓付き合ってやるよ」
ありがたく思えよな!なんてそう言うやいなや、ナマエが口を開く隙もなく首根っこを掴まれて強制的に引き摺られる。栞を挟むことも出来ずに読みかけの本を閉じる羽目になってしまってグッと眉間にシワが寄った。
ナマエは読書が好きだ。
外に出る時はいつも必ず文庫本2冊は本を持ち歩いているし、任務帰りに定期的に本屋へ行って新刊のチェックをする位には読書が好きだ。
そうしてナマエが本を読んでいると、高確率で五条がその邪魔をしてくるのだ。
確かにナマエは五条と比べれば弱い。けれど弱いと言っても、それはあくまで無下限六眼持ちの特級呪術師五条悟に比べればの話で、学生の身分でコネも血縁に関する何も無く2級呪術師にまで登りつめる位には充分強いと言えたし、読書ばかりしていて鍛錬をまったくしていない、という訳でもなかった。
呪術師は学生であっても忙しい、というか学生の時こそ勉学に任務にとその両立でより忙しい時代とも言える。
そんな中で任務への移動時間、授業と授業の間の休み時間、寝る前のわずかな時間、そういう空いた時間をどうにか捻出しては大好きな読書をしているというのに、五条のせいで毎度毎度邪魔をされてナマエの限界はそろそろピークへと達しそうだった。
最初の方はそれなりに、優しく注意してたのだ。まぁ、それもあまりに五条がしつこいので直ぐに優しさなどとっぱらってしまったのだが。
ここ最近はもう言うのでさえ無駄だと気付いた。夏油なんかも「いい加減にしないと愛想つかされるよ」なんて注意してくれるのだが、それに五条が煽りで返して特級2人の喧嘩にまで発展し結果的にそれも夜蛾先生の胃薬を増やすだけに終わっている。
だからその日、いつもの如く読書の邪魔をしに来た五条にとうとう本気でキレてしまうことに至ったのだ。
「そんで、五条の事避けてんの?」
今にもウケるなんて言い出しそうな、というか心中は確実にそう思っているであろうニヤついた笑顔で煙草の煙を吐く家入硝子に、ナマエは苦虫を噛み潰したような顔でため息を吐いた。
「俺もいい加減頭にきたんだよ。五条のせいで俺は今月まだ3冊しか完読出来てないんだぞ。
部屋にいくつの本が積まれたままになってると思ってるんだ」
「こっちからしたら月3冊も読んでんなら充分だと思うけどさ。ま、ナマエは今までよく耐えてた方でしょ。あいつだって散々注意されて止めなかったんだから、結果ナマエに避けられていい薬になんじゃない?」
自分に避けられてる位であの天上天下唯我独尊俺様何様五条悟様が反省するとは思わない、というか逆に今頃拗ねて夏油辺りに愚痴ってるのでは?とナマエは思うのだが、それが顔に出ていたのであろう、家入は「五条もバカだなぁ」なんてケラケラと笑った。
あの日から何度か、五条と会うことがあった。
避けてはいても結局4人ポッキリのクラスメイトで同じ寮に住む学生同士、完全に顔を見ないということは難しいというか無理なのである。
その度に五条がこちらを見て何か言おうともごもごしている様子が視界に映るのだが、ナマエはそれさえも尽く無視している。
夏油に「せめて話だけでも聞いてあげてくれないかい?」なんて言ってきたが、「今積んである本が読み終わるまでは嫌だ」と拒否すれば苦笑を零してそれ以上は何も言ってこなかった。
家入に関しては完全に静観を決め込んでいた。
そうして五条を避け続けて2週間程が経過していた。
その日たまたま依頼主の都合で急遽任務が中止になったナマエは、これ幸いと1人教室で読書に勤しんでいた。
ペラリとページをめくる音以外は静寂に包まれていたそれは、ガラリと扉を開ける音によって霧散した。
ふっとそちらに視線を投げれば、むすりとした顔の五条がそこに立っていた。
「……お前、今日任務じゃなかったのかよ」
「依頼主の都合でなくなった」
端的にそう返すと栞を挟んで本を閉じる。
また邪魔をされてはたまらないと、そのまま席を立とうとするナマエへ、五条はずんずんとその無駄に長い足を大きく動かして隣に来ると腕を掴んだ。
「……ここで読めばいいだろ。もう、邪魔しねぇから」
今までに聞いたことのないような弱々しい声音に、ナマエは目を見開いて思わず五条を見上げる。
俯いた顔は前髪が影を落としていて、表情までは分からなかった。ただ、ナマエの腕を掴んだ手が何処か縋る様に力が篭って、ナマエは小さく溜息をついた。
溜息にぴくりと五条の肩が震えたが、何も言わずに席に座り直すと本を開き直した。
「……腕、掴まれたままだと読みづらいんだけど」
「あ、悪い」
パッと五条が手を離すのをちらりと横目に見ると、そのまままた読書を再開する。
五条はといえば、暫く隣に突っ立ったままでいたが、どこかぎこちない様子で隣の席へ腰を下ろした。
ナマエは勿論五条も黙ったまま、ただページをめくる音だけが教室に静かに響く。
そうして隣の五条のことも忘れて、ナマエは本の世界へと没頭していった。
パタン、と本を閉じて深く息を吐く。
実にいい物語だった、としみじみ思っているとふと、隣で空気が揺れた。
「読み終わったかよ」
かけられた声に、ナマエバッと勢いよく隣へ顔を向けた。
そこには来た時と変わらない、五条の姿があった。
「ご、五条お前、まだいたのか!?」
「……いたら、悪いかよ」
むすりとした五条に、ナマエははっと息を吐いた。
教室にはすっかり西日が射し込んできていて、正確には分からないが最低でも2時間近くは経っているだろう事が窺える。
その間あの五条が邪魔もせずにただ黙って隣にいた事に驚いた。てっきり途中で飽きてどこかに行ってしまうか、どこかのタイミングで話しかけてくると思っていたのだ。
ポカンとした顔で見詰めるナマエに、五条は小さく頭を搔くと視線を落とした。
「その、悪かった。読書の、邪魔、して……」
あの五条が、謝った。
いつも誰だろうと煽り散らかして、俺は悪くねぇとオ゛ッエーと舌を出しているような男の五条が、しかも更に殊勝な態度で謝ってきたことにナマエは戸惑いを隠せなかった。
「もう、ナマエの邪魔しねぇから、避けんなよ」
「あ、その、俺もちょっと意地悪が過ぎたかもしれんし、もう避けないよ」
しどろもどろにそう口にしたナマエに、五条はほっとしたように力を抜いた。
「もう本読まねぇなら、飯行こうぜ」
「お、おう」
ナマエが頷いたのを見てから、五条がナマエの手を引いて歩き出す。
ついでにその日の晩御飯は五条の奢りだった。
「やっと仲直りしたのかい」
「おー、その節はご迷惑をおかけして」
朝、教室で本を読むナマエの後ろで肩に頭を乗せて一緒に本を覗き込んでいる五条の姿を見て、夏油は苦笑をもらした。
「案外健気なとこあんじゃん」
なんて揶揄う家入に、うっせーとぶすくれる五条の頭を撫ぜてナマエはパタリと本を閉じた。