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西陽に照らされた2人きりの教室。五条のため息がやけに大きく聞こえた。
「エイプリルフールだろ?傑と硝子昼間散々嘘つかれたっての。たくっ、お前もくだらねぇことしてんなよな」
だから弱いままなんだよ、なんて続いた言葉に俺はどうかえしたのだったか。よく覚えていなかったけれど、確かに分かることはひとつ。
その日俺の恋心が、一世一代の告白が、無惨に死んだということだけだった。
珍しい反転術式を他人に使える家入硝子、呪霊操作という強強術式を持つ特級呪術師の夏油傑、そして極めつけは呪術界最強と名高い六眼と無下限呪術のチート特級呪術師五条悟。そしてそんな黄金世代と同級生の平凡3級呪術師が俺ナマエである。
そんな俺への五条悟からの第一声は「雑魚」
多感な思春期だった俺の自尊心も自己肯定感はポキポキとそれはもう良い音を立てて綺麗に折れた。
けど、たった4人だけの同級生。
こんな規格外の最強共相手に比べても仕方がないとなんとか自分に言い聞かせて、割り切ってしまえば後は楽だったし、一緒に過ごしていくうちにあ、コイツらめちゃくちゃ強いし見た目もイケイケだけど、性格クズだなって分かって神はちゃんとマイナス要素作ってるんだなって安心したのは内緒。
硝子あたりはお前もクズの1人だよ、なんて言ってきそうだけど、平然と未成年喫煙してるあたり同じ穴の狢だし、傑は腹黒だけど何だかんだと世話焼きで、ふざけて「母さん!」なんて呼んだ日にはジャーマンスープレックスキメられた。
そして初対面最低最悪の雑魚呼ばわりから始まって、その後もまぁ距離があった悟とは御三家ボンボンで俗世的な娯楽が与えられてなかったせいか、コンビニでの買い物の仕方が分からなくてもだもだしている所を見つけて大笑いしてからは一気に仲良くというか、距離が縮まったと思う。
必死に呪霊祓って、アホみたいな悪戯して、馬鹿みたいに笑って、夜蛾先生にしこたま説教されて。
小っ恥ずかしい言い方をすれば、4人で過ごした学生生活は間違いなく青春で、宝物だった。
そんな青春には、やっぱり恋も付き物なわけで
何がきっかけだったかは分からないけど、俺は悟に恋をした。
同性同士でだとか、顔良しな最強だけどクズだとか、色々考えて気の迷いだ勘違いだと悩んで知恵熱まで出した末に出た答えが、やっぱり悟が好きだということだった。
断られて気まづくなってもあれだし、黙っていようかとも思ったけど、傑や悟はともかく雑魚の俺はこんな世界じゃいつ死ぬか分からないわけで、死ぬ時に未練を抱えたくなかった。
「好きです、付き合ってください」
2年に進級する、桜舞い散る4月の頭。
2人きり放課後の教室というベッタベタな場所で、これまたベッタベタな告白。
「エイプリルフールだろ?傑と硝子昼間散々嘘つかれたっての。たくっ、お前もくだらねぇことしてんなよな」
はくりと一瞬息を飲んで、それから笑った。
「あはは!流石にバレたかー!そうです、嘘でーす」
一世一代の告白は、受け入れられるでもなく、断られるでもなく、なんて事ないエイプリルフールの嘘の1つに変わり果てた。
まぁ、良かったじゃんか。俺の告白が悟に受け入れられて恋人になる確率なんてほとんど0だったんだから。気まづい思いしなくてすんだじゃん!なんて言い聞かせて、その日の晩は嗚咽を噛み殺しながら寝た。
2年、3年と呪術高専で過ごすうちに色んな事があった。
星漿体の護衛任務。
後輩の灰原の死亡。
それから、傑の離反。
良い思い出も、苦い思い出も出来た学生生活だった。
悟から呪術高専の教師になるって聞いた時は耳を疑ったけど、生徒の前に立った悟の後ろ姿はきちんと先生してて、なんだか変に感動したのを覚えてる。
俺は頑張って1級呪術師になった。
任務に行って、たまに悟に会って一緒にご飯行ったりして、もう何年も経ったのにそれでもまだ悟への恋心は奥深くで息づいている。
自分でも驚くくらい、俺は一途だったらしい。新発見である。
百鬼夜行を決行した傑を、悟が殺した。
「お前は、どこにも行かないでよ」
なんて珍しく弱気な悟の背を叩いた。無限に弾かれなかったことが、ちょっとだけ嬉しかったのはここだけの話。
「安心なさい、俺ってば友達想いの一途だからさ!」
親友の座は傑のもので、きっとその隣に立てたのも唯一傑だけなのだろうけど、斜め後ろ位でその背中を支えることくらいはしたい。
4人きりの同級生で、友達で、片想いの相手なんだから。
「ナマエって一途なの?僕と違ってモテないの間違いじゃなくて」
「うるせーやい!」
そうだよ、俺はずっとお前のことが好きなんだからさ。
両面宿儺の器が、悟の教え子になった。
それから
それから
10月31日、渋谷。
嫌な予感がした。妙な胸騒ぎが止まらなかった。こういうのを虫の知らせというのだろうか。
「開門」
崩壊していく渋谷、特級呪霊と気絶した人達の合間を駆け抜けて悟の背を思い切り蹴飛ばしてやる。普段ならそんなこと絶対しないし、というかする前に気づかれて避けられてしまうんだろうけど。
悟の身体がよろめいて、代わりに転がる箱の前へ躍り出た。開いた箱の目玉が俺を映す。
「余計な事を……ッ!!」
引き攣ったような顔で嗤う、死んだはずの同級生の姿。
「自分の直感、信じて良かった」
脳内時間1分など、とうの昔に過ぎ去っていた。
拘束された俺の姿に、傑擬きは忌々しげに顔を歪める。これが何の呪具なのかは分からないけれど、向こうは悟を封じたかったのだろう。
俺みたいな雑魚のせいで機を逃してしまって、本当にざまぁみろ。
こっちは人類も守れて、好きな人も守れたんだから、万々歳である。
「ッナマエ!」
悟が俺の名前を呼ぶ。
見開いた蒼い目いっぱいに俺の姿だけが写っていて、こんな状況だっていうのに何だかひどく胸がいっぱいになってしまう。
これが最期になるんだろうか。それなら、あの日の告白は嘘じゃないって、本当に好きなんだって言ってしまってもいいかな、なんて思って止めた。
だって愛ほど歪んだ呪いはないなんて、散々聞いたし見てきたんだから。
「悟、」
悟の手が俺に延ばされる。
「一足先に、地獄で待ってる」
嘘つきは地獄に落ちるものでしょ。