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浦見東中学、その放課後の図書室で椅子に腰掛けながら、伏黒恵は本を読むでもなくただぼうっと窓の外を眺めていた。
「恵はさ、少し過保護だよね」
数日前、稽古だなんだと伏黒家に訪れていた五条悟に言われた言葉。その恵の過保護の対象が誰かなんて、名指しされなくても分かっていた。
伏黒恵には、隣家に住む同い年の幼馴染がいる。
名前はナマエ。
ふわふわ、ぽやぽや。そんな擬音がぴったり合うような少年で、恵の姉、伏黒津美紀と同じ善人。
彼と出会ったのは、五条悟と会うよりずっと前。
まだ幼いナマエが、辺りが薄暗くなっても家の前で1人ぽつんと体育座りをしていた所へ津美紀が心配して声をかけたのが最初だった。
それから度々、津美紀が声をかける形で伏黒家にご飯を食べに来るようになっていった。弟と同い年の少年が1人でいるのを放っておけなかったのだろう。
けれど恵からしてみれば、自分達の両親が蒸発して何とか2人必死に生きているところに新しく厄介事を抱え込んでどうするのだと、否定的な想いでナマエを受け入れられないでいた。何度津美紀に「仲良くしてね」と言われても、まだ幼い恵には難しい話だったのだ。
そんな中でのある日の事だった。
「恵君も、あれが見えるの?」
「……お前も、見えるのかよ」
ナマエにも同じくあの気持ちの悪いモノ、呪霊が見えるということが分かってから、2人は少しづつ話をするようになった。
両親は滅多に帰ってこないこと
大好きな兄がいたが亡くなってしまったこと
伏黒家に招かれて久々に誰かと一緒にご飯を食べることが出来て嬉しかったこと
「だけど、恵君は僕がいたら嬉しくないよね、ごめんね」
そう言って笑ったナマエ顔が、まるで迷子みたいで、それでいて色々なものを諦めてしまっているようで、その笑顔がとても嫌だと思ったのだ。
「別に、嬉しくないなんて、言ってないだろ」
ぶっきらぼうにそう言い放って、ナマエの手を握れば、ナマエの丸い大きな目が更に大きく見開いて、それから本当に、心底嬉しそうな、泣き顔と笑顔が混ざったような顔で、とろりと微笑んでいて、恵はその笑みから目が離せなかった。
あの時のナマエの笑みは、中学生になった今でも恵の脳内で淡い記憶として脳裏に焼き付いている。
その日はそのまま、ナマエの手を引いて帰った。出迎えた津美紀がほんの少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑っていた。
あの出来事から、恵とナマエの関係は緩やかに、けれど確実に変わっていったのだ。
「ごめんね恵、お待たせ」
かけられた声に、意識を浮上させる。
あの日より大人びて、同じ中学の学生服を纏ったナマエの姿に、恵は席を立った。
「毎回毎回、僕の図書委員の仕事待っててくれなくてもいいんだよ」
グラウンドに何人かの運動部員が残っていて、後は疎らにいく人かの生徒達がいるだけで、廊下を歩いているのは恵とナマエだけだった。
「この時間帯に帰れば、スーパーのセールに丁度いいだろ。それともナマエは、俺と帰るのが嫌か」
狡い言い方をした自覚があった。
ぱちぱちとナマエが目を瞬かせて、それからくふくふと笑みを漏らす。
「ううん、嫌じゃない。嬉しい」
ナマエが、恵の制服の裾を掴む。
辺りをチラリと見て、恵はその手を握ってやった。ほんの少し、耳が熱い。
五条は恵だけでなく、ナマエにも稽古をつけていた。呪霊から身を守る手段。
だけど恵は、それが嫌だった。
ナマエには武器よりも、本が似合う。
温かな場所で、笑っていて欲しい。
それを過保護というのなら、それでも良い。
「恵、あのね、大好きだよ」
あの日と同じように、ナマエがとろりと微笑む。
恵の一等好きな笑みだった。
「俺も、お前が好きだ」
手を強く握る。
決して離れないように、離されてしまわないように。
明日もきっと、恵は過保護だ。