うつけ者のてふてふ
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その日、人類最後のマスター藤丸立香は夢を見た。
辺り一面に咲き誇る枝垂れ桜。
それは実感を持ったひどく現実的な夢で、立香はあぁ、またか。とぼーっとした頭で思った。
立香がこういった夢を見るのは何も初めてではなく、すんなりと今の現状を受け入れることが出来てしまった。慣れとは恐ろしいものである。
そんな時だった。
ひらり ふわり
黒い羽をした美しい蝶が、まるで誘うかのように立香の前を飛んでいる。
蝶は二、三度立香の前を浮遊すると、そのまま真っ直ぐ飛んで行く。
立香もつられて蝶の後をついて行く。何となくだが、この蝶について行くべきだと思ったのだ。
ひらり ふわり
桜の淡い桃色の中を、一匹の黒い蝶が飛ぶ様はどこか浮世離れした美しさがあった。
蝶に誘われるまま、どれほど歩いたのか分からない。長いこと歩いたのかもしれないし、逆にほんの短い間しか歩いていないのかもしれない。
そんな時、ぶわりと一陣の強い風が吹き、桜の花びらがいっせいに風に舞うと、立香の視界を桃色で覆った。
「……え?」
風が吹き止み、視界が晴れた先にあの黒い蝶はいなかった。
変わりにいたのは、艶やかな黒髪の着物美人。
「あら、こんにちは……いえ、これはきっと夢だから、こんばんは、でしょうか」
そう言って嫋やかに微笑む着物美人に、立香はハッとして居住まいを正した。
「こ、こんばんは。えぇと……ここはいったい?」
お決まりの疑問を口にする立香に、着物美人は少し困ったように眉を下げた。
「申し訳ありません。ここが何処なのかは、私も分からないのです。帰り道を探していて、気がついたらここに……」
「帰り道?」
きょとりと首を傾げる立香に、着物美人はえぇと頷いた。
「あるお方の元へ、帰りたいのです。
もう一度お会いしたくて探しているのですが、どうにも迷子になってしまいまして」
そう言って微笑む彼女の顔が、どうにも儚げで、寂しそうで。
立香は思わず、手を取り握った。
「手伝います!これも何かの縁ですし、カルデアっていう所でマスターをやっているんです!だから、人より色んな場所にいくし、出会いも多いんです!」
そう胸をはる立香に、最初は驚いたような顔をしていた彼女も、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それでは、お願いしてもよろしいですか」
「はい!任せてください」
まずはお名前を、と立香が訪ねようとしたその時だった。
ぐらりも意識が揺らぐ。抗いようのない睡魔が、この場所からの生還を告げようとしていた。
駄目だ。ここで眠ってしまっては
立香は必死で目を開けようとするも、視界は徐々にぼやけていく。
「もし?どうかされたのですか」
心配そうにこちらに声をかける着物美人に、立香はどうにか口を開いた。
「きっ……と……見つけて……見せますから……あなたの……あいたいひと……かえる……ばしょ……だから……なま……え……」
「私、私の名は」
彼女が名前を口にしようとした直前、立香の意識は、溶けていった。
────
「……い」
「……ん……ぱい」
「先輩!」
「…………おはよう、マシュ」
目を覚ますと、可愛い後輩の安堵したような顔。
「はい、おはようございます先輩。起床時間を過ぎてもお部屋から出ていらっしゃらなかったので、様子を見に来たのですが」
立香は今だぼーっとする寝起きの頭で考える。
確か自分は何か夢を見ていて、それで
「そうだ、人探し!!マシュ、召喚室行こう」
「え!先輩!?」
突然勢いよく起き上がり走り出した立香に、マシュは困惑しながらも後を追った。
────
カルデアのとある一室は、日本系サーヴァント達により和室に改造されていた。
その部屋で、ノッブことアーチャー織田信長は珍しく神妙な表情で腕を組み黙り込んでいた。
「伯母上がこんなに大人しいのなんて珍しいし、何かあったの?」
織田信長の姪である茶々が、不思議そうに尋ねるも、信長はううんと唸っただけだった。
「どうせまたろくでもないことでも考えてるんですよ、きっと」
何かと信長と縁がある新選組の沖田総司は、お茶を啜りながら、呆れたように呟く。
すると突然、信長がガタリと勢いよく立ち上がった。
「え!?な、なんですか急に!」
「お、伯母上!?」
困惑する二人を置いて走り出した。
「一体全体どうしたっていうんですかノッブは」
訳が分からないと眉をしかめる沖田。
ただ茶々は、驚きで目を見開いていた。
「伯母上、走り出す前に"帰蝶"って言った……」
それは、茶々もよく知る名。
かつての信長の愛した正室の名であった。
────
たどり着いた召喚室に設置された召喚サークル。立香はそこに魔力の篭った虹色の石、聖晶石を3つ放り込む。
「先輩、できれば説明を」
「……約束したんだ、夢の中で」
理由の知らない後輩に、立香は真剣な眼差しで答えた。
召喚サークルに強い魔力が溜まり、光の輪が収縮していく。一瞬眩い光が召喚室を覆って弾けた。
光が収まっていくと、召喚サークルの中央に人影が現れているのに気づいた。
新たに召喚されたサーヴァントだ。
着物の裾が、ひらりと揺れる。
「召喚に応じここに。サーヴァント、ランサー。真名を濃姫と。以後お見知りおきを」
そう名乗って嫋やか微笑む様は、あの夢の中と同じで。やっと名前が聞けたと改めて立香が口を開こうとしたその時だった。
「帰蝶ッ!!!」
バンッと勢いよく召喚室の扉を開けて入ってきたのは、織田信長だった。
突然の信長の登場に驚いていると、濃姫がふらふらと一歩、二歩と信長に歩み寄る。
「信長様……信長様なのですか……」
大きく見開かれた目、震える声。今にも泣き出してしまいそうな濃姫に信長は近寄ると、強く濃姫を抱きしめた。
「よく帰ってきたな、帰蝶」
「……はい、はい、信長様。お会いしとうございました」
ぶわりと堰を切ったように、濃姫の目から大粒の涙が零れ落ちる。
けれど、濃姫も信長もその表情はひどく幸せそうなもので。
立香は思い出した。濃姫という人物が、織田信長の正室であったことを。そして濃姫が探していた人物に、帰りたかった場所に帰れた事を悟り、約束を果たせたのだと満足気に笑った。
濃姫の涙が止まったころ、二人は立香とマシュへ向き直った。
「うむ!改めてマスターには礼を言わんといかんのう。儂の妻である帰蝶こと濃姫じゃ。どうじゃ、美人じゃろう!美人じゃろう!!」
ワハハ!と豪快に笑う信長に、濃姫は照れたように俯いた。
「信長様、そんなに言われては恥ずかしいですから……マスター様には、私からもお礼を。本当にありがとうございます」
本来ならば叶うはずのなかった夫婦の再開に、立香とマシュも嬉しそうに頷いた。
「いやいや、二人がまた会えてよかったよ!
ノッブの言う通り、濃姫さん美人だし。いい奥さん貰ったんだねノッブ」
「はい、私も濃姫さんはとてもお綺麗な方だと思います」
二人からも褒められ、濃姫はますます顔を赤くして着物の袖で顔を隠してしまった。
その姿すら、愛らしい。
しかし満足気にそうじゃろう、そうじゃろうと笑う信長の次の発言で、辺りは静まり返る。
「ほんと美人すぎて、男には見えんじゃろ!」
男。
信長は、確かに濃姫を男と言った。
「「え?」」
マシュと立香の声から同時に声が漏れる。
「うん?あぁ、そうじゃ。帰蝶はこう見えて正真正銘の"男"じゃぞ」
「「え、ええええええええええええええ!?!?!?!?」」
部屋いっぱいに広がる悲鳴。
確かによく見れば、濃姫の胸元は平らだ。
しかし、細い体に白い肌。長く伸びた艶やかな黒髪に嫋やかな仕草。
どこをどう見ても立派な姫である。
そんな濃姫が男だなんて。
「いやでも、男性だって言われてた人物が本当は女性だったていうんだからその逆もある……?確かにノッブも性別は女性だし、そしたらノッブの奥さんの濃姫さんが男でもおかしくはない?いやでもどう見ても」
「ひとまず落ち着いてください、先輩」
混乱する二人を見て、楽しげに笑う信長のマントの裾を、濃姫が微かにひいた。
「ん、どうした帰蝶」
振り返った信長の瞳を、濃姫がしっかりと見つめる。
「信長様、お慕いしております。」
幸せだと、愛しいと微笑む濃姫に、信長はわしもじゃと小さく笑い、一つ口吸いをした。
これは、とある未来の話。
一匹の蝶が再び、うつけ者へ嫁いだ話。