それはn回目の
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初めまして、その言葉と差し出された掌に自分はどう返したのか。酷く動揺してしまったこと以外は朧気だった。
与えられた自室のベッドに座り込んで、アーチャーエミヤは1人頭を抱えた。
このカルデアでは何の因果か、かつて共に過ごした人達が依代となりサーヴァントとして現界していた。
それは憧れだった紅い少女、日常の象徴だった後輩、姉代わりだった担任、自分より幼い見た目の姉。はたまたそれは昔の自分であったり。
だから、可能性は0ではなかった。
けれど彼の存在は、あまりにも魔術の世界から遠い場所にあって、エミヤの頭からその可能性はすっぽりと抜けていたのだ。
新しい仲間だとそう言ってマスターに紹介されたサーヴァント。
新入りだと言うのにその姿はあまりにも見慣れていて、けれど記憶の中のそれとは異なる姿に息を飲んだ。
かつて自分に、何度も好きだと笑って伝え続けてくれたその人。
「……ナマエ」
掠れた声でその名を呼ぶ。
けれどそれに望んだ返事が返ってくることはなかった。
「初めまして、依代での限界だけどアンテロスだよ。よろしくね!」
“アンテロス ”、ギリシャ神話での返愛の神。
エロースの弟であり、エロースの矢に射抜かれ片想いをした対象の相手に対して矢を放ち、その気持ちを通じさせる存在。
そんな神の依代となったナマエ。
こうした形でも再会を喜べばいいのか、それとも嘆けばいいのか。
ナマエの自意識は完全にアンテロスに寄ってしまっているのだろう。だから、エミヤのことも覚えてはいなかった。
その事が複雑で、ナマエからエミヤに向けられていた「好き」という感情さえ無くなってしまったようで、それが酷く胸に刺さっている。
ふと、思考の海に陥っていたエミヤの耳にノックの音が届いた。
マスターだろうか、それとも同じキッチン担当の誰かだろうか。そんな事を思いながら扉を開いた。
「突然お邪魔しちゃってごめんね、今ちょっと大丈夫かな」
そこに居たのは予想していた誰でもなく、つい先程までエミヤの思考を締めていたアンテロス本人だった。
一先ず彼を部屋に招き入れると、何とか平静を装ってどうかしたのか。と問いをなげかけた。
「なんだろう、ええっと……用、という事の程でもないんだけれどね」
もぞもぞとどこか緊張した面持ちで、アンテロスは口を開いた。
エミヤはそれを黙って聞いていた。
「この、依代になった子の影響なのかな……分からないんだけど、何だかとっても貴方に会いたかったんだ」
そう言って笑ったアンテロスの表情に、エミヤは見覚えがあった。
ナマエが自分に好きだと伝えてくれていた時の表情。それと同じだった事に、エミヤは息を飲んだ。
今のアンテロスにナマエとしての記憶も記録もない。けれど依代となったその心が、エミヤという人の事を好きなのだと。それがエミヤの心をどうしようもない感情で満たす。
「……俺も、君に会いたかったよ」
ずっと、ずっと会いたかった。
何度も好きだと伝えてくれた人。
ずっと傍に居てくれた人。
目の前で喪ってしまった人。
同じ気持ちだったはずなのに、自身の臆病心でその想いに応えることをしなかった。
「触れても、いいだろうか」
「うん、いいよ」
震える声でそう訪ねて、そっとその頬に手を伸ばした。
存在を確かめるように頬を撫でて、そしてその身体を抱きしめた。
心臓の音が聞こえて混ざりあってしまいそうになるほど強く、壊れてしまわないように優しく。
同じエーテルでできた身体は、温かかった。